2019年10月、福岡県・太宰府市で平凡な主婦の凄惨な遺体が見つかった。「太宰府主婦暴行死事件」と言われるこの事件は、洗脳し、暴行を繰り返した犯人の非道、残虐もさることながら、被害者家族から何度も相談されたのに向き合わなかった鳥栖警察署の杜撰な対応が問題視された。
その事件を追った報道特別番組「すくえた命~太宰府主婦暴行死事件~」は2021年日本民間放送連盟賞番組部門・テレビ報道最優秀賞受賞を受賞。その番組作りに取り組んだ、テレビ西日本の塩塚陽介記者による、胸が熱くなるノンフィクション『すくえた命 太宰府主婦暴行事件』が刊行されました。
本書より、事件の概要がわかる冒頭部分をお届けします。
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2019年10月20日、福岡県太宰府市にあるインターネットカフェの駐車場で、一人の女性の遺体が見つかった。
発見された遺体の身元は、佐賀県基山町に住む主婦・高畑瑠美さん(享年36)。体には木刀で殴られたり刃物等で刺されたりしたと思しき無数のアザや傷があり、その痛々しい姿は遺体と面会した家族が瑠美さんとわからないほどだった。
福岡県警はその後、瑠美さんの遺体が見つかった時に駐車場にいた山本美幸、岸颯を逮捕した。山本および岸の2人は後に傷害致死などの罪で起訴されるも、一貫して起訴内容を認めなかった。
最初にテレビ西日本報道部がこの事件に注目したきっかけは、瑠美さん、山本、岸の歪な人間関係であった。
瑠美さんは、夫と2人の子どもを持つ主婦で自宅は佐賀県基山町にあったが、事件発生約 2ケ月前の2019年8月末頃から福岡県太宰府市の一軒家で山本、岸らと謎の同居生活を始めていた。
また同居している間、ある日を境に2人は瑠美さんに激しい暴行を加えるようになり、許可なく外出することを禁止して監禁した。
「2人の隙をついて逃げ出すこともできたんじゃないか?」
常識的な思考を持つ人なら、そう考えるだろう。しかしなぜか瑠美さんは2人に従った。
また、
「家族を捨てて赤の他人と同居生活を始めた」
そう聞くと、瑠美さんは家族とあまり上手くいっていなかったのでは、と思う人もいるだろう。しかし現実はその逆だ。
高畑瑠美さんは結婚11年目で、夫の隆さん(仮名)と10歳と4歳の2人の子どもの4人家族だった。
隆さんは長距離トラックのドライバーをしており、家を留守にしがちであったが、瑠美さんはそんな隆さんの体を気遣いつつ、2人の子どもを育てながら家庭を守っていた。つまり、隆さんにとって瑠美さんは「優しく頼れる妻」で、互いに協力して仲睦まじく幸せな家庭を築いていた。そう、瑠美さんは、どこにでもいるごく普通の主婦であった。
ではなぜ、普通の主婦が家族を捨て赤の他人と同居することになったのか? またなぜ、愛する家族と平和に暮らしていた瑠美さんが、自宅から遠く離れた駐車場で遺体となって発見されたのか?
そしてなぜ瑠美さんは、全身に無数のアザや傷を負うほど、暴行を受けなければならなかったのか?
このノンフィクションは、テレビ西日本報道部の取材班が、約2年にわたり関係者に徹底的な取材を敢行し、普通の主婦が無惨な死を遂げることになってしまった真相を追究した取材記録で、主に取材を担当した報道部記者・塩塚陽介の目線で描かれたものである。
この事件の取材を進めるうちに、一つわかったことがある。
それは、瑠美さんの命が「すくえた命」だった、ということである。