児童生徒が毎日楽しみにしている給食。しかしその裏で、栄養士は無理ゲーのような複雑なルールをクリアしながら献立を作成しています。
献立作成の楽しさと苦悩を、小学校栄養士の松丸奨さんが上梓した『給食の謎』(幻冬舎新書)から抜粋してお伝えします。
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献立作りの難易度はまるでルービックキューブ!
学校栄養士は、作成している献立のなかで調理法の重複がないか、バラエティに富んでいるかを逐一チェックしています。
砂糖をまぶした揚げパン、鶏肉に衣を付けて揚げた唐揚げなど、食材が変わっても、調理法の「揚げ物」が1食のなかで重複、あるいは日にちが連続していないでしょうか。配慮が必要です。
調理法を変えたとしても、味付けが似てしまってはよろしくありません。魚のみそ焼きが出た次の日にみそラーメンでは「みそ味」が連続してしまいます。
醬油味の連続であればそこまで気にならないかもしれませんが、それでも同じ日の献立ならば見た目に差が出るように、薄口醬油と濃口醬油を使い分けるといった工夫をしています。
このようにあらゆる“連続”を避けるために、まずは主食と主菜をベースに組み立て、「焼き、揚げ、蒸し、煮込み」など調理法にバリエーションを持たせながら、味付けのバランスも考えていきます。
次に副菜についても同様に整えます。サラダ、和え物、煮びたし、炒め物、蒸し野菜、煮物などさまざまな調理法が考えられます。
気を付けたいのは、調理法が主食・主菜と被らないように組み立てることです。主菜が肉じゃがの時に、副菜を五目豆にしては、煮物+煮物になってしまいます。主菜が肉じゃがなら、副菜には和え物や炒め物が最適です。
そして主菜が洋風なら、副菜も洋風にすべきです。「ピザトースト+煮びたし」では、洋と和が混ざってしまいます。ピザトーストの副菜はサラダがベストでしょう。
副菜が整ったら、デザートを考えます。果実類の摂取量の規定から考えると、週に1回はカットフルーツやフルーツポンチなどを提供していく必要があります。
生の果物で果実類の充足率を上げつつ、ゼリーなども出すようにすると子どもたちに喜ばれます。
スイートポテトや蒸しパンケーキなど、バターと砂糖を多く使うデザートの日は、エネルギーと脂質の摂取量が大きく増えてしまうので献立の組み合わせに注意が必要です。
カレーライスやソースパスタの登場する日には当然出せません。カレーライスの日に、サラダと果物という組み合わせが多いのは、栄養価の面から考えると必然なのです。
時にはマドレーヌやマフィンなどの焼き菓子を焼くこともあります。市販品を用いる自治体もあるかとは思いますが、給食室で焼いた方が安上がりですし、私の勤務している文京区では「給食は原則手作り」という決まりがあるのです。
このように、献立は1日単位で考えるのであればまだ簡単なのですが、1週間、1か月のなかで、主食・主菜・副菜・汁物・デザートの組み合わせを考えるとなると、どうしてもハマらなくなってしまいます。
「この日の主食がわかめごはんなら、次の日に計画していたわかめスープはダメだろう。コンソメスープに変えようか。となると、主菜に考えていたコンソメ味のロールキャベツは変更が必要になる。トマト味にすればいいか。ああ、でも副菜のサラダにはトマトを入れる予定だった……」
こうして「あちらを立てればこちらが立たぬ」という状態に陥ると、ルービックキューブをいじっているような気持ちになります。
さらに難易度を高める「食缶は各クラス1個」の縛り
献立を考える際は、配膳に使う食缶にも悩まされます。
全国的にふつう、食缶は各クラスに原則1個、割り当てられています。
すると、たとえばカレーライス・スープ・サラダという献立にしたら、カレーのルウを入れる食缶はあってもスープを入れる食缶がありません。この日はスープをやめて、果物やゼリーにするしかないのです。
それなら食缶を増やせばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、そうすると運搬用ワゴンに乗りきらなかったり、洗浄した食器を入れる熱風消毒保管庫に入りきらなかったりといった新たな問題が起きてしまうため、「食缶は各クラス1個」という制限を頭に入れつつ、献立を調整していきます。
食品群と栄養素の摂取量を充足させつつ、主食選び、主菜選び、副菜選び、和食、洋食、中華などの料理ジャンルの調整、調理法や食材の重複の調整、食缶使用メニューの調整と、調整をかけるべき箇所は無数にあるのです。
そのぶん、すべてがうまく組み上がった時は大きな達成感があります。
少しでも違和感のあるところを「まあいいか」と進めていると、やはりどうしても気になってしまい、直前で変更することもあります。
自分の立てた献立をもとに何百食という大量調理がなされ、子どもたちの口に入るものができ上がると考えると、小さな気がかりも見過ごせなくなってくるのです。
豚肉だけで100種類以上もの選択肢がある
次に、でき上がった献立構成を、パソコン上の「献立作成ソフト」に入力していきます。
どんな食材をどれぐらい使うのかを詳細に入力して、材料の分量を算出していくのがこの段階です。
献立作成ソフトがなかった時代は栄養価をすべて電卓で計算して分量を算出し、紙に手書きしたものです。約20年前、私の学生時代には栄養価を電卓で計算する授業がありました。
しかし、今はすべて献立作成ソフトに入力しています。
たとえば、肉じゃがを作るとしましょう。
まずは「豚肉」というボタンを選ぶと、部位別、切り方別に100種類以上の選択肢が現れます。
みなさんがスーパーマーケットで見かけるのは豚ロース、豚肩ロース、豚バラ、豚こま肉、豚ひき肉、豚もも肉あたりかと思います。
ところが献立作成ソフトでは「豚肩ロース」だけで薄切り、せん切り、こま、小こま(ライス用)、しょうが焼き用、脂身付、脂肪なし、などなど14もの選択肢があるのです。
なかには「ホルモン」など、給食にはほとんど登場しないものも選択肢としては入っています。
肉じゃがに最適な豚肉とは、肩肉です。とくに肩のこま肉を使うと、ほどよい脂が付くので、コクを出し、旨味を増すことができます。また、「脂がある」という特質を活かして炒め油を少なく設定できるため、脂質カットの効果も期待できます。
このようにただ「豚肉」というだけでも、部位別、切り方別に最適なものを選ぶわけです。
こうした食材の特性についての知識は、栄養士の学校で詳しく教えてくれるわけではないので、先輩に聞いたり納品業者に相談したり、スーパーで食材を買って自分で調理をしたり、本を読んだりして勉強しつつ、実践を重ねて、自分の生きた知識としてストックしていきます。
しかし、このデータは栄養士が学校を異動する時には電子データとして持って行けず(異動先のソフトの種類がたいてい違うので)、全部印刷して持って行き、新任校でまたすべて入力し直すのが一般的です。
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給食の謎
松丸奨さん著『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』(幻冬舎新書)の最新情報をお知らせします。