そのご縁、プライスレス～よしながふみ『環と周』鈴木涼美

10万円売るのってほんと大変なことよ、とは、歌舞伎町のキャバクラで一緒だった二つ歳上のおねえさんが、キャバクラ出勤を週二にしてアフターバーの店長を任されるようになった頃に言っていた言葉なのだけど、なんとなくずっと印象に残っている。別になんてことのない、キャバクラだと10万円の会計って特別高くもないような気がしていたけど、普通の料金でお酒を出すバーでは客単価が低いし、ナンバーや売上のために高額を使ってくれるお客だっていないし、たくさんお酒出してカラオケさせて灰皿掃除してそれを何組も積み重ねてようやく売り上げられる金額だ、というだけの、本当に普通の会話の中で言っていたことで、平たく言えばキャバクラって高い、ということでしかないのだけど、歌舞伎町の深夜に、なぜかその店に備え付けで置いてあったテンガロンハットをみんなで被って酔った頭で聞いたその言葉は、生きるって大変なことよ、とか、大人になるって辛いことよ、とか、女ってきつい性別よ、とか、若い時間ってすぐに終わるわよ、とか、そういうあらゆる真理が濃縮されたような妙な響きを持っていた。