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軍歌を見れば、日本がわかる

2014.08.21 公開 ポスト

最終回

21世紀に軍歌は復活するか?辻田真佐憲

『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』の刊行を記念した本連載も最終回となりました。古臭くていかめしく、自分とは関係ないと思いがちな軍歌ですが、つぶさに見ていくと日本の辿ってきた歴史の意外な側面が浮き彫りになります。最後は、今後、軍歌の復活はありえるか――に迫ります。

政治宣伝に奉仕するエンターテインメントが復活している

終戦記念日の靖国神社で軍歌を歌う女性。早川タダノリ氏提供。

 8月15日。終戦記念日の靖国神社には、今年も軍歌を歌う人々が沢山見られました。その中には、高齢者だけではなく、20代の若者の姿もあったようです。

 こういうと、近年のナショナリズムの昂揚と絡めて、「軍歌が復活している!」と言われるかもしれません。しかし、その可能性は限りなくゼロに近いと私は考えます。というのも、戦前の軍歌はもはや70年以上前の音楽であり、余りにも古く、従って到底大衆の心を掴むには至らないと思われるからです。

 これは同日に、東京ビックサイトで開かれたコミックマーケットというイベントと比較すると分かりやすいでしょう。3日間で国内外から延べ50万人以上が訪れ、様々な同人誌が飛ぶように売れるコミケ。それと、靖国神社の一隅で細々と歌われ、明らかに好奇の目に曝されている軍歌。かつて一億国民が歌っていた軍歌が、今日いかに文化として弱くなっているのかが手に取るようにわかるかと思います。

 ただ、軍歌は復活しないにしても、軍歌のような「政治的エンターテインメント」が今後復活する可能性は十分にあります。すなわち、政治宣伝に奉仕するようなタイプのエンターテインメントの復活です。

 例えば、今年7月に「日本国憲法」を暗記しているアイドルと憲法学者が対談した書籍が出ました。これはこれで重要ですが、ただ時勢を考えれば、むしろ「教育勅語」を暗記しているアイドルと保守系の作家が対談した本が出てもおかしくありません。現に、地下アイドルのレベルでは、「教育勅語」を歌にしているケースも現れているのです。このような本などが、来たるべき「政治的エンタメ」の一例ではないかと思われます。

 そこで今考えるべきは、「軍歌はいかに作られ、いかに消費されたか」という仕組みを取り出すことでしょう。軍歌と同じようなリズムとメロディの音楽を探しても、今後発見することは困難です。しかし、メディアが時局に便乗して「政治的エンタメ」を作り、消費者も喜び、政府もそれに相乗りするという、ウィン・ウィン・ウィンの「利益共同体」は未来永劫生じないとは言い切れません。

「まとめサイト」は思想でなく、金のために保守主義を扇動

 ここでひとつ例を上げましょう。インターネット上には「まとめサイト」といわれるサイトが幾つもあります。これはニュースに対するインターネット上の反応をまとめたサイトの総称ですが、その多くが保守寄りの論調で知られます。具体的には、韓国や中国を執拗に批判したり、反対に保守系と目される日本の政治家を応援したり、といった調子です。

 では、「まとめサイト」の管理人たちは保守思想の持ち主なのかというと甚だ疑問です。彼らの正体は必ずしも明らかではありませんが、中にはアクセス数が稼げるということで「反韓・反中」を唱えるようになった例もあるといいます。「まとめサイト」には大量のアフィリエイト広告が貼られており、アクセスが増えれば増えるほど、管理人の収入は増えるという仕組みになっています。つまり、彼らは「イデオロギーではなく金のために排外主義を扇動しているのではないか」という疑惑が生じるわけです。

 いずれにせよ、「まとめサイト」のアクセス数は多く、その影響は無視できません。今や、新聞よりも「まとめサイト」を読む人も若年層を中心に多くいるのではないでしょうか。

 このように、当局が口出しするまでもなく、民間ベースでナショナリズムが煽られる姿は、満洲事変の頃の日本を強く想起させます。当時のメディアといえば、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞などですが、これらの新聞社も、かつて率先して「帝国の生命線=満蒙を守れ!」と民衆を煽り立てたのでした。

 さて、以上の新聞社の行為はもちろん重大です。ただその一方で、あまり固有名詞に捕われすぎるのも問題のように思います。というのも、それでは「まとめサイト」のような新しいメディアの登場を見過ごしかねないからです。我々に必要なのはむしろ、「戦前の新聞社がやっていたことを、現在は『まとめサイト』がやっているのではないか?」と考えてみることではないでしょうか。

コミック、ゲームにナショナリズムの影響はないか

 軍歌とて同じです。軍歌のようなリズムやメロディに捕らわれていては、本当に台頭するかもしれない「政治的エンタメ」を見逃してしまう恐れがあります。もっと柔軟に「政治的エンタメ」の可能性を探る必要があるでしょう。

 従って、我々は靖国神社の外にこそ目を向けなければなりません。それこそ、コミックマーケットで売られている同人誌にナショナリズムの影はないのか。テレビにそのようなコンテンツは出回っていないのか。ゲームやネットや漫画はどうか。――という風に。

 日本史上最大の「政治的エンタメ」であった軍歌の歴史は、我々の身近に潜んでいる「政治的エンタメ」を探しだす時の手がかりになってくれるでしょう。軍歌研究が真価を発揮するのは、実はナショナリズムが昂揚しているといわれる現在をおいて他にないのではないかと、私には思われるのです。

<リンク>
21世紀の「政治的エンタメ」の一例? AKB48による自衛官募集CM。
 

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辻田真佐憲

一九八四年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科を経て、現在、政治と文化・娯楽の関係を中心に執筆活動を行う。単著に『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』(幻冬舎新書)、『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)などがある。また、論考に「日本陸軍の思想戦 清水盛明の活動を中心に」(『第一次世界大戦とその影響』錦正社)、監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『みんな輪になれ 軍国音頭の世界』(ぐらもくらぶ)などがある。

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