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猫屋台日乗

2024.01.28 公開 ポスト

名もなき料理

『母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ』と言い放ったジジイへ。ハルノ宵子

完全予約制の、知る人ぞ知る『猫屋台』の女将であり、吉本隆明氏の長女・ハルノ宵子さんがその日乗を綴った『猫屋台日乗』より「真っ当な食、真っ当な命」をめぐるエッセイをお届けします。

父の糖尿病が悪化してきた頃、昼(朝兼)は、父が作る“マンネリうどん”(イラスト参照)。夕食は私が担当したが、やはり毎日のことなので、いいかげんな物だった。

名もなき料理

最近ネットや新聞で話題になっていたが、スーパーでポテトサラダを買ったお母さんに、『母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ』と、言い放ったじいさんがいたとか、食卓で「ママ餃子美味しい!」と喜んでいる息子に、『手抜きだよ。これは"れいとう"っていうの』と、言ったダンナがいたとか。これを私にやったら、間違いなく殺害レベルだ。

いいかジジイ、そこへ直れ! ポテサラはだな、まずじゃが芋(男爵が望ましい)を茹でる。皮をむいて切ってから茹でる方が簡単だが、ビタミンCや旨みを逃してしまうので、私は皮ごとラップに包んでレンチンだ。熱さをこらえて皮をむく、熱い内に酢(できればちょい甘酢)、マヨネーズを加えて砕きながら混ぜる(これは熱い内にやらないと、味がなじまない)。塩で味を調整する。私の場合は、レンチンだと水分が少ないので、牛乳か生クリームを加える。軽く塩をして、水分をしぼっておいた、スライス玉ねぎ、きゅうり、茹でたにんじん(私は入れない派)を加えつつ混ぜる。これがベースで、後はお好みでハム、ゆで卵、たらこ、かに肉などなど、創意工夫によっては、りっぱな一品料理になりうるのだ。バカにすんじゃねえ!

餃子もしかりだ。キャベツ、ニラ、白菜などの野菜をみじん切りにする(チョッパーを使っても良し)。これにちょい塩をして、軽くしぼる(しぼらない派もいるよね)。この野菜とひき肉を混ぜてこねる(割合は各自お好みで)。味付けも塩こしょうをベースに、オイスターソースやスパイス、にんにく、しょうがなど、好きずきがあるだろう。お子様向けにはコーンやチーズとか、食感にレンコンやクワイなんか入れてもいい。餃子の皮は、さすがにその道のプロか、中国ママさんか、よっぽどのヒマ人以外は、手作りはしないだろう。そして

“包む”という絶望的な単純作業が待っている。1人6個としても(実際もっと食べるよね)、4人家族なら24個。30個は包まねばならないだろう。我家では、そもそも餃子を作る習慣がなかったので(父に作られてもコワイし)、私も作ったことがなかった。『猫屋台』でお客さんに作ったが、ラム肉(ひき肉は手に入りづらいので、ステーキ用ラム肉をフードプロセッサーでミンチにした)、後は玉ねぎのみじん切りのみで、クミンやコリアンダー風味の水餃子という“変化球”だ。しかしいかんせん、作ったことがないから、包むのがヘタクソで遅い。助っ人ガンちゃんの方が、よっぽど手慣れている(彼はけっこう家で作っていた)。今はもう気力がないので、ゴメンこうむりたい(リクエストしないでね)。 野菜のみじん切りと、包むという“二重苦”の上に、餃子は出来ているのだ。奥さん、私が代わりに言ってあげやしょう。さぁてダンナ、手取り足取り教えてやるから、餃子を一から作ってみろよ! 30個包んで上手に焼き上げるまでは(おっと、後片付けもな)、寝かせねーからな──って、完璧なパワハラだろう。ポテサラも餃子も、普段の食卓のために手作りするのは、割に合わない労働なのだ。

ちなみに、一番の手抜き料理は? と問われたら、私は「肉じゃが」と答える。世の殿方よ、肉じゃがが作れるから、家庭的な女性──だと思っていたら、ダマされている。肉じゃがにハードルを感じている方がいたら、まずやってみてほしい。鍋に薄切り肉(牛でも豚でも)、じゃが芋、玉ねぎ、にんじん(私は入れない派だけど)の乱切り(メチャクチャでいいのよ)、糸こんにゃく(お好みで)、水、しょう油、みりん(砂糖)でもいいし、代わりに今流行りの“めんつゆ”でもいい。すべてぶち込んで、中の弱火でグツグツと20~30分放っておけば、だいたい“肉じゃが的”な物ができる。煮崩れちゃっても、また美味しい。本当を言うと、先に材料を炒めておいたり、調味料の順番やタイミングがあるのだが、全部まとめて水から煮たところで、さほどの色遜はない。

うちの父も、よくこの“的な”物を作っていたが、父はウスターソースを入れていた。おそらくソース好きの父のために、祖母がやっていたことを真似たのだと思うが、これはたいへん理にかなっている。ウスターソースには、野菜エキスやスパイスが入っているので、他に出汁を入れなくても(父は「ほんだし」を入れていたが)、これだけで味に深みが出る。肉じゃがを作る際には、ぜひお試しあれ。

『猫屋台』でも、じゃが芋のシーズンには、肉じゃがをメニューに加えることがある。でもさすがに“付加価値”を付けねば、金を取るにはうしろめたいので、じゃが芋はメークイーンを切らずに丸ごと、牛すねのかたまり肉を使い、ちょっぴりデミグラスソース(市販)を加えたりして、“高級感”を出している。

前にも書いたが、東京の下町は、商店街やデパートが多いこともあり、50年以上前から、テイクアウト文化が発達していた。揚げ物なんて自宅でやるうちは少なかった。コロッケもカツも天ぷらも、買ってくる物だった。肉屋の揚げ物だけでなく、カツ専門店でも、頼めばその場で揚げ立てを持たせてくれた。餃子も焼売も肉まんも、中華屋さんの出前かおみやげだ(皮肉なことに、このコロナ騒動で、TAKEOUT文化が復活したが)。お惣菜屋さんも多かった。筑前煮や肉じゃが、五目豆やひじき煮、春雨サラダやそれこそポテサラなんかも皆量り売りだった。市販のお惣菜は甘すぎると、母がキラったので(私も同感だ)、うちではあまり利用しなかったが、現在では全国どこにでも進出している、スーパーやコンビニが、その役目を担っているのだ。じいさんもダンナも、けっこうなことだと思わないか? 昔は大都市の下町だけのものだった便利な生活が、今では全国の小さな町や郊外でも享受できるのだから。奥様方もミョ~に硬直しちゃってる。共働きだったり、子育て中で余裕がなかったら、「今日は忙しいから、帰りに『王将』の餃子買ってきてよ」と、ダンナに頼んだっていいじゃない。本来毎日のメシなんて、みそ汁+お漬け物+卵か海苔+焼き魚か干物+白米程度だった。家でのご飯なんて、全然楽しみじゃなかった(アレ? うちだけか?)。

世の中、バブル期以降急速に増えたグルメ番組や、芸能人や一部の料理自慢の主婦なんかがアップしてくるインスタなどの、過剰な情報に踊らされちゃってる。普段の食卓なんて、人に見せられるようなシロモノじゃないはずだ。いっそ逆手に取って、「今日の残念な食卓」とか上げてみたらいいのに。たとえば「味の◯の冷凍餃子・ヨーカドーのポテサラ・夫の出張みやげのかまぼこ・プチトマトそのまんま・セブンのおにぎり」みたいにね。ハルノもかなり残念な物ばかり食べているが、人様のツイッターなどフォローしても、延々見るのを忘れてる位怠惰なので(やっぱ基本他人の動向には興味ないんだな)、インスタは誰かにお任せしよう。

近所の友人Mちゃんは、放っとくと私が野菜を食べないのを心配して、時々家に招いてごちそうしてくれる。2人の息子は結婚して独立し、現在はダンナと2人だ。余談だが、ダンナはかつて名編集者と言われた人だ。父の『最後の親鸞』なんかの担当編集者だった。Mちゃんの料理は、いつも野菜たっぷりだ。私じゃ(お客さんが来たとしても)絶対に消費できない量の野菜を使う。むしろタンパク質不足にならないかなぁ──と、思うほど野菜中心なのに、なぜかMちゃんはプニプニしてる。太っ……ちゅ~か、白くてモチモチだ。そんなに大食いではないし、酒もほとんど飲まないし、特にお菓子をたくさん食べる訳でもないのに、不思議だ。ほとんど汗をかかないと言うから、代謝の問題なのかもしれない──っと、また話がそれた(怒られる)。

Mちゃんの料理は、以前ダンナが心臓を患ったこともあり、薄味だが美味しい。しかし何とも、名付けようがないのだ。たとえば、豆腐に枝豆と角切りトマトと万願寺の、ちょっとピリカラな銀あんをたっぷりかけた冷製のお碗(吸い口にきざみみょうが)とか、薄切りにして焼いたナスに、ひき肉と角切りトマト、ピーマンをかけた物とか、軽くつぶしたカボチャに、ミックスナッツを砕いて混ぜたのに、ニョロニョロッとマヨネーズをかけた物とか

──あっと言う間に作る。「なんか意図してたのと違う物になっちゃった」とか言ってるが、そもそも意図はないだろう。この計画性のなさ、思いもよらない材料の組み合わせで、急角度から意表を突いてくる(そう言えば、“肉じゃが的”な物にも輪切りの切り干し大根が入っていた)。

妹の料理もそうだ。色々野菜が入った、何の出汁かよく分からないスープとか。でもちゃんと美味しい。後はパンと生ハムとチーズだったりする。でも、これこそが家庭の料理って物だろう。冷蔵庫の中の、そろそろダメになりそうな野菜や、ハンパに残ったひき肉とか、賞味期限が近い西京漬けとか、てきとーに焼いたり煮たり、そんなもんだ。

父の糖尿病が悪化してきた頃、昼(朝兼)は、父が作る“マンネリうどん”(イラスト参照)。夕食は私が担当したが、やはり毎日のことなので、いいかげんな物だった。とにかく野菜でお腹いっぱいにしちゃおうと、大鉢にキャベツ、もやし、ピーマン、にんじんを山盛りにし、レンジで蒸したヤツに、からしじょう油をかけただけ。あとはメカジキのバター焼き──とかね。

父が夕食担当の時、毎日(買ってきた)ひと口カツてんこ盛りに、“ゲドゲド”と呼ばれていたフルーツヨーグルト(イラスト参照)だけなど、あまりにひどいので、文句を言ったことがある。すると父は、「イヤ、オレはあまり料理が上手くならないようにしてるんだ」と、言ってのけた。「ち~がうだろ~!(それ以前の問題だ)」とは思ったが、考え方としては正しい。日々の料理で、心を砕いてまで“何者”かになる必要はないのだ。その努力は、プロの職人としての料理人だけでいい。

ご家庭では、堂々とメーカーや、プロの料理人の作る物を利用してほしい(だってそれで金取ってるんだもの)。後は“有り物”寄せ集めの、名もなき料理でかまわないのだ。

関連書籍

ハルノ宵子『猫屋台日乗』

完全予約制の、知る人ぞ知る『猫屋台』の女将・ハルノがその「日乗」を綴り始めたのはコロナが蔓延り始めた2020年の春。女将は怒っていた。緊急事態宣言、アルコール禁止、同調圧力、自粛警察……コロナが悪いんじゃない、お上が無能なんだ――と。怒りの傍ら綴るのは、吉本家の懐かしい味、父と深夜に食べた初めてのピザ、看板猫・シロミの死、自身の脱腸入院、吉本家の怒涛のお正月、コロナの渦中に独りで逝った古い知人……。美味しさとユーモアと、懐かしさ溢れる、食エッセイ。

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