がんを患い、「余命わずか」を宣告された母が、家族に遺した1冊のレシピノートに込めた思いとは。「NBSみんなの信州」で大反響を呼んだ感動のドキュメンタリーを書籍化した『家族のレシピ』より、抜粋してお届けします。
母が残したレシピノート
インタビュー中、料理の大変さに話が及んだときのことです。
「こんなのもあるんですよ」と、1冊のノートが差し出されました。
ページを開いてみると、1ページ目には大きく「三色丼」という文字。材料と工程が、イラストと共に書かれています。
他のページも同様です。料理名と材料、その工程。「お父さんには納豆のカラシをつけてあげて」など、家族ならではのアドバイスも至る所に記されていました。
伊鈴さんが家族に残した、レシピノートです。
「すごい……。こんなものが残されていたのか」
中村記者は息を呑み、心の中でつぶやきました。
優華さんは、実際にこれを見ながら料理を作っていると言います。それを聞いた中村記者は、伊鈴さんが家族に残したものの大きさを改めて感じました。
この日の会話の中で、成長アルバムや闘病記のことも知りました。もちろんそこにも、お子さんを喜ばせたい、家族が心配でたまらない、家族思いの伊鈴さんの姿が見えます。しかし、その中でも、このレシピノートは、三嶋家の絆を表す最たるものに思えました。
保育園で調理師として働いていた伊鈴さん。
いつも伊鈴さんの手料理を、おいしいおいしいと言って食べていた子どもたち。
立てなくなるギリギリまで、「ここが自分の居場所だから」と言って台所に立っていた伊鈴さん。
最期のとき、「手料理、おいしかったよ」と伝えていたお父さん。
お母さんが作る料理は、いつも三嶋家の中心にありました。
伊鈴さんが作る料理が、三嶋家を明るく、温かく育んでいたのです。
聞けば、亡くなる数日前、これは偶然出てきたそうです。
優華さんが何か探し物をするために、お母さんのバッグの中を見ていたら、レシピノートと闘病記があったそう。その頃はもう、ほとんど会話はできなかったため、いつからこんなものを書いていたのか、いつまで書いていたのかは不明です。
けれども、おそらく最初に書き始めたのは、2018年の入院時。なぜなら「闘病記」の中に「優華が三色丼 作るからレシピ教えてと言うので 紙に書いてたら結構 時間つぶしになった。」という記載があるから。
在宅医療が始まってからも、書き続けていたかもしれません。料理を一手に引き受けることになった優華さんは、「自分で作れるようにレシピが欲しい」と言ったことがあったからです。
今度、料理を作っているところを撮らせてほしいと言い残し、中村記者は三嶋家を後にしました。
何度も作ってくれた母の味
優華さんは買い物を済ませて、準備に追われていました。
中村記者に頼まれた夕食の取材日です。
何を作ろうか迷った結果、「三色丼」「手まりシューマイ」「なめたけのサラダ」を作ることにしました。
いくつか作った中で、この3つは特に簡単でおいしく出来上がるので気に入っています。
準備をしながら、ふと思います。
「もっとお母さんの料理の手伝いをしておけばよかったな」
自分で料理を作るようになってから、お母さんの大変さが身にしみてわかるようになりました。
昔は、足手まといになると思って、ろくに手伝いませんでした。
だけど今。味噌汁担当の弟が、味噌汁を作ってくれるだけでもとっても助かる。それだけで、全然違います。だから「やっぱり手伝っておけばよかったな……」という思いにどうしても駆られます。
そんなことを考えていると、キャベツを買い忘れたことに気が付きました。
「お父さんごめん、キャベツ買ってきて!」
約束の時間。中村記者が三嶋さんの家の前に到着すると、キャベツを持ったお父さんに遭遇しました。
「キャベツだけ足りなかったので、今買ってきました(笑)」。お父さんの笑顔につられ、中村記者も笑顔でおうちにお邪魔します。
トン、トン、トン。
台所でニンジンを切る音が響いています。味噌汁担当の健渡くんです。
優華さんも、レシピノートを見ながら準備を進めていきます。
「今日は全部ここにあるのを作ろうかなと思って」
料理は得意なほうではありませんが、お母さんのレシピがあるから安心です。
「お母さん、いつも分量とか基本的に適当にやってるんですけど、塩こしょうとか『パッパッパッ……6回ぐらい』とか書いてあるんですよ。私に『少々ってどのくらい?』って聞かれるとか、そこらへんまで考えてやってるのかも」
料理が完成。
帯状に切った皮を肉団子にまとわせる「手まりシューマイ」。
たまご、そぼろ、オクラがのった「三色丼」。
なめたけが食感のアクセントになる「なめたけのサラダ」。
どれも伊鈴さんが何度も作ってくれた母の味です。
お父さんが小皿にご飯をよそって、お母さんの仏壇に供えて手を合わせます。
その間に、健渡くんと優華さんが料理を食卓に運んで着席。
「今日はわりと、てきぱきできたんじゃないでしょうか(笑)」
「じゃあ食べましょう」
「いただきます」
「おいしいよ」。優華さんの目を見て健渡くんが言います。
「うん。味付けもいいんじゃないですか? よかったね、これね、お母さんの味が継承できてるから」。お父さんも感想を伝えます。
「100点?」と、優華さん。
「100点!」と、お父さん。
「いつもは?」と、問いかける健渡くん。
「いつも100点だよ」
お父さんの言葉を聞いて、子どもたち二人は満足気な笑顔を見せました。
3人で囲む食卓。しかし、そこには伊鈴さんから受け継いだ料理があります。
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この続きは書籍『家族のレシピ』でお楽しみください。
家族のレシピ
がんを患い、「余命わずか」を宣告された母が、家族に遺した1冊のレシピノートに込めた思いとは。「NBSみんなの信州」で大反響を呼んだ感動のドキュメンタリーを書籍化した『家族のレシピ』より、抜粋してお届けします。