がんを患い、「余命わずか」を宣告された母が、家族に遺した1冊のレシピノートに込めた思いとは。「NBSみんなの信州」で大反響を呼んだ感動のドキュメンタリーを書籍化した『家族のレシピ』より、抜粋してお届けします。
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息子と母
健渡くんは、学校から帰ってくると、真っ先にお母さんのベッドに向かいます。
「今日、休み時間にこんなことがあったんだよ」
「もうすぐ文化祭だから係を決めるんだ。何にしようかな」
その日にあった出来事を話します。
お母さんが好きなバラエティ番組の時間になると、チャンネルを変えてスタンバイ。「面白いね」と、笑い合います。お母さんが、どこかが痛いと言えばマッサージもします。
でも、大してできることがありません。
大体のことはお父さんとお姉ちゃんがやってくれるから、自分に役が回ってこないのです。
だから、健渡くんは自分にできることを探していました。
「ねぇ、お母さんにお味噌汁を作ってあげてよ」
ある日、お姉ちゃんが言いました。
「うん。わかった」
自分も家族の役に立ちたいと思っていた健渡くんは張り切ります。まずは、お母さんに味噌汁の作り方を聞きました。
「味噌汁って、どうやって作るの?」
お出汁の取り方を教わり、実践。
「具って、何を入れればいいの?」
お母さんは、家にあったジャガイモとミョウガとワカメを入れるように言いました。
「ねぇ、ミョウガってどうやって切ればいいの?」
説明を聞いてもわかりません。
台所とベッドを、行ったり来たり。
結局、「どう切ってもいいよ」と言われて、なんとなく切って入れました。それから10分ほど煮込み、ついにお味噌汁が完成。味見をすると、ジャガイモにもしっかり火が通っているし、なかなかの出来です。
「お味噌汁、できたよ」
お母さんのベッドに持っていき、スプーンで口に運びます。
口が大きく開かないので、慎重に、ゆっくりと。
「どう?」
「おいしいよ」
お母さんは嬉しそうに褒めてくれました。
その日以来、健渡くんは晩ご飯に味噌汁を作る、味噌汁担当になりました。
いつもお母さんといられるのは嬉しい。でも、いつも一緒にいるということは、次第に衰弱していく姿を見続けることでもあります。健渡くんにとって、それはとても辛いことでした。
だけどやっぱり、泣きたくはありません。お母さんをはじめ、家族に心配をかけたくないという気持ちが第一にありました。しかしそれに負けないくらい、「自分は悲しいんだ」と気づかされるのが怖くもありました。
だから、
「お母さんは死なない。これからも一緒に生きていくんだ」
そう自分に言い聞かせながら、できるだけいつも通り、お母さんと過ごしていました。
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家族のレシピ
がんを患い、「余命わずか」を宣告された母が、家族に遺した1冊のレシピノートに込めた思いとは。「NBSみんなの信州」で大反響を呼んだ感動のドキュメンタリーを書籍化した『家族のレシピ』より、抜粋してお届けします。