大竹しのぶさんの朝日新聞の連載エッセイ「まあいいか」を1冊にまとめた『ヒビノカテ まあいいか4』より、大竹さんの日常が覗けるエピソードを少しずつお届けします。
今回は、夜の駐車場での、ちょっとしたトラブルについて。
人間はややこしい
1週間ぶりの休演日。明日からまた続くハードな日々のために、マッサージを終えた時はもう21時を過ぎていた。とにかく早く家に帰り、軽めの食事を取って寝なくては。明日は恐怖の2ステージの日だ。
雨が上がった夜の駐車場。数台の車が止まっているだけで人影もなく、ここが東京の中心部だとは思えないくらいだ。精算機に向かったが、何かおかしい。見るとランプが点滅していて「作動中」と告げている。よく見るとクレジットカードの挿入口にカードがささっている。抜き取ってもやはり作動しない。どうしよう。管理会社に電話をするがなかなか出てくれない。たかだか5、6分なのに、こんな時は長く感じてしまう。
やっとオペレーターの女性が出て、精算はなんとかなったものの、カードはどうしたら良いかと聞くと「交番に届けてくださったりしますか」と言う。それは、少しおかしいなと思い、「もしそちらが来てくださるなら待ってます」と私。すると「いやあ、今すぐには行けないんですよ。雨がひどくて」ときた。さすがにカチンときて「雨はもうやんでます」と答える。「でも昼間はかなり強く降っていたので人手がなくて」と、よく分からない説明だ。
交番に届けることになるだろうと予想はしていたが、ああた、その言い方はないでしょう。すると「精算機の上に置いて行くか、交番に行くかはご自身で決めてください」。「それはあまりにも無責任ではありませんか?」と私。「あー、じゃあ、こうしましょう。お客様、車止めってお分かりになりますか? 空いている車止めに置いておけば誰も分からないと思うので、それでお願いします」。
あくまでも来るつもりはないらしい。「上の者にもう一度聞いてみますのでお待ちください。5分後にまたお電話します」と言ったが、番号を教えるのも嫌だったので、そのまま警察署に向かった。
誰もいないがらんとした警察署には、3人の警察官の方が座っていらした。事情を説明し、カードを渡して手続きをする。「お礼を要求する」「名前を名乗る」の簡単な書類にサインをする。ちなみに両方無しの方にマルをした。
「ご苦労さまです。大竹さんですね」と、なんだかとっても優しい口調で言われ、やっと良いことをした気持ちになってきた。ついでに、あの女性への連絡も頼んでしまった。数歩歩いてまた振り返り、どうぞよろしくお願いしますと頭を下げた。
いやいやいや、ちょっと待て。私は別に良いことをしたわけではなく、当たり前のことをしたまでだった。怒った自分がおかしくなってきた。そして優しい一言で、不意に救われる自分にも。人間はややこしい。
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ヒビノカテ まあいいか4
「一日一日、一瞬一瞬の中にささやかな喜びを見つけられる人間でありたい」。
女優・大竹しのぶの過激で、微笑ましく、豊かな日常。
朝日新聞人気コラム書籍化! 第4弾。