大竹しのぶさんの朝日新聞の連載エッセイ「まあいいか」を1冊にまとめた『ヒビノカテ まあいいか4』より、大竹さんの日常が覗けるエピソードを少しずつお届けします。
今回は、飾らない(?)、ファッションのお話。
着ては洗い、着ては洗い
はたと気が付くとまた昨日と同じTシャツを着ている。映画の完成記念にいただいたもので、同じ物が2枚あり、着ては洗い、着ては洗いを繰り返していた。下は勿論ジーンズである。仕事が一段落ついて、本来なら旅行に行ったり、友達と会ったりも出来ただろうが、それは今不可能だ。朝から食事を作り、洗濯をし、ダラダラしているともう夕方だ。
誰にも会うこともないので外出用の洋服を着るのは滅多にない。だからと言って、同じTシャツばかり着続けるのもどうしたものか。この夏一度も袖を通さなかった夏服たち。スーパーにもそのまま行くので、さすがに今日は着替えたものの、これでは人間ダメになる。
よくよく考えると、今のこの状況だからこうなったわけではなかった。
中学生の時は大好きな真っ赤なセーターを毎日のように着ていたし、高校生の時は自分で編んだピンクのモヘアのセーターを、さすがにもう捨てればと家族に言われていたことを思い出す。新しいものを自由に買えるお小遣いがあったわけでもないが、もともとそれほど物欲がないのは確かだ。まだ着られるからもったいないという思想である。
子供たちもそれは同じで、娘は小さい時、やはり同じTシャツを毎日着ていた。首は伸び、生地はボロボロだった。散歩に行くと工事のおじさんに「お母さんに新しいの買ってもらいなね」と言われたくらいだ。息子の方は無頓着この上なく、服はシンプルで着られればいいという考え方で、昨日洗濯した下着は擦り切れ、穴があきそうだった。
飾らないと言えば聞こえはいいが、果たしてこれでいいのだろうか。
これは私が妊娠中の出来事。おなかが大きくお洒落しようにもしようがなく、姉のお下がりのいわゆるマタニティーを着てみた。ちょっとおばさんぽいが、まあいいだろうと。その夜、帰ってきた夫が、何か言いたげな顔をしている。食事が終わり、彼が言った一言。
「あのね、しのぶ、お洒落するのは大変かもしれないけれど、ちゃんと着るものには気を使った方が僕はいいと思うな。あなたは、そういう仕事をしているわけだし」。26歳の私は彼の言葉に感動し、毎日毎日、それなりにお洒落をして、充実した日々を送っていたっけ。
今はパジャマのまま朝食を作っても誰にも何も言われない自由がある。
35年以上前の言葉に再び教えられ、明日は少しちゃんとしようと思いながら洗濯物を畳むその中に10年前に私がいただいたスタッフTシャツがあった。まだそれを着ている息子。うーん、でも、これはこれで、まあいいか。
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ヒビノカテ まあいいか4
「一日一日、一瞬一瞬の中にささやかな喜びを見つけられる人間でありたい」。
女優・大竹しのぶの過激で、微笑ましく、豊かな日常。
朝日新聞人気コラム書籍化! 第4弾。