大竹しのぶさんの朝日新聞の連載エッセイ「まあいいか」を1冊にまとめた『ヒビノカテ まあいいか4』より、大竹さんの日常が覗けるエピソードを少しずつお届けします。
今回は、娘と庭でハンバーガーを食べたある日のこと。
春眠、暁を覚えず、だなあ
久しぶりにのんびりとした毎日を過ごす。連休の間、予定を立てずに過ごしてみることに。すると……。
とにかく眠い。8時に夕食を終え、ベッドに向かう日が続く。何もしなくていいという解放感と、今までの疲れがドッと出たのか分からないが、兎にも角にもただひたすら眠いのである。やっと時間ができたのだから、やれていなかった洋服や机の整理、キッチン周りの細々した整頓、やることは山ほどあるが、全くやる気が起こらない。そして、あの自粛期間のように、ただひたすら食事の支度に洗濯、掃除で1日が終わっていく。舞台の本番中は、あれだけ動かしていた身体も、全く動かす気にはなれない。ジムに行ったり、お稽古ごとに通う同業者を本当に心から尊敬する日々である。
そんなある日のこと。1、2時間ばかりの所用を終え、家にいる娘に電話をする。まだ昼食は取っていないと言うので久しぶりにハンバーガーを食べないかと提案してみる。まぁ、帰ってまた食事を作るのが少し面倒であったことも理由の一つだったが。忙しそうに対応するお店の若い女の子の、ちょっと無愛想な顔を見ながら、あー、疲れているんだな、頑張れ、頑張れと思っている余裕のある自分がいる。家に帰り、「庭で食べない?」と、娘の提案で小さなテーブルに買ってきたハンバーガーとレモネードを置いてみた。お洒落なカフェのようだ。地域猫が顔を出し、こちらを眺めている。春の光と猫の顔と何げない会話と、久しぶりのハンバーガー。ますますぽわぁんとしてきてしまった。
「ハンバーガーって、血糖値がグーンと上がるから眠くなるんだよ、寝たらいいじゃん」。その言葉を聞き、そのまま2時間眠り続けた。自分でもびっくりして、少し言い訳がましく、「すごい寝ちゃった」と言う私に「良かったじゃん、眠れて」と娘が言う。
なんだか幸せな気持ちになった。何げない家族のそんな言葉がとてつもなく嬉しかった。公演中は食べたくなくても食べ、眠くなくても明日のためにベッドに入り、それ以外のことは何もできない毎日だった。全てのことから解放され、疲労を取り、また次へのスタートを切るまで、とことんのんびりしようと思いながらも、夕食のメニューを考える自分がなんだかおかしかった。
付け加えれば、毎日ハードな夢を見る。仕事上のトラブル、ある日は、会社の役員会で(私は社長になっていた)つるし上げられたり、いないはずの母が洋服のままシャワーを浴びたり、「お母さん、どうしたの?」と叫んだところで目が覚めたり、ハイ、人生は、春の光の中だけでは許してくれないことをわかっています。でもたまにはいいよね。
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ヒビノカテ まあいいか4
「一日一日、一瞬一瞬の中にささやかな喜びを見つけられる人間でありたい」。
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