大竹しのぶさんの朝日新聞の連載エッセイ「まあいいか」を1冊にまとめた『ヒビノカテ まあいいか4』より、大竹さんの日常が覗けるエピソードを少しずつお届けします。
今回は、母の思い出と、ダイニングカフェの店長さんに励まされたお話。
元気のリレー、よっしゃー
ミュージカル「GYPSY」。愛知県刈谷市での公演も無事に終わり、東京に戻った翌日のこと。メンテナンスである大事なマッサージを終え、駐車場までの道を歩きながら、身体に力が入らないことを実感してしまう。2月に始まった稽古から2カ月半以上が過ぎ、初めてと言っていいくらいの強い疲労感だ。と言うより、今までは認めようとしなかった身体の訴えを確認する。残すところ、あと福岡での4ステージだ。疲れたなどとは言っていられない。
「頑張れ、私」と言いながら点灯し始めた高層ビルの明かりを見上げ、少しだけ「ふー」とため息をついた。そりゃあ、疲れてるよと、気弱な自分になりそうになる。その時ふと、本当にふと、母の姿を思い出した。入院している父の代わりとなって働き、仕事を終え5人の子供が待つ家路を急ぐ母の姿を。夕飯の食料を抱えタッタタッタと歩く母を。そうだ、私は母の娘なんだ。鋼のような精神力と強靭な体力の持ち主なのだから。
ちょっとやそっとで弱音は吐かない。少しだけ気を取り直し、また歩き出す。
車に乗り込みエンジンをかける前に携帯を見ると1通のメッセージが。
愛知公演を観てくれたお客様の感想が転送されてきた。劇場から数分のところにあるダイニングカフェの店長さんだった。初めて行った彼のお店は、カウンターと一つのテーブルだけの小さなお店。が、出てくるお料理はどれも素晴らしく、素材も味付けも料理法も全てが忘れられない味だった。帰り際、挨拶をした私に「なんとか当日券を買って観に行きます」と言う。「いえ、こんな美味しいご馳走をいただいたのですから、私から主催者の方に聞いてみます」と何度言っても譲らない。あまりしつこくてもいけないと思い、そのままに。が、やはり並んで当日券を買って観てくださったのだ。
「素晴らしい経験をありがとう」と綴られ、「こんな経験をさせていただき、もし僕が恩返しできるとしたら、皆さんのように、人に感動を与えられる人間になることでしょうか。ますます自分の仕事が誇らしく、好きになり、頑張っていこうと思いました」と感想をくださった。なんて素敵なんだ。私こそ、お料理ひとつひとつに、お米の炊き方にもこだわった、心込めた美味しいおにぎりに感動をもらっているのに。私は母から元気をもらい、その元気になって演じている私を観て、誰かの未来に灯りを照らした。人と人との繋がりはやっぱり素敵なものを生み出すものだ。
私は「よっしゃー」と気合を入れてエンジンをかけた。エネルギーは満タンだ。
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ヒビノカテ まあいいか4
「一日一日、一瞬一瞬の中にささやかな喜びを見つけられる人間でありたい」。
女優・大竹しのぶの過激で、微笑ましく、豊かな日常。
朝日新聞人気コラム書籍化! 第4弾。