100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。
ジャイロとは独楽のこと
ジャイロモノレールの説明をするまえに、ジャイロとは何かを述べる必要がある。「ジャイロ」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
『広辞苑』にも記載がある。「ジャイロ」とは、ギリシャ語で「輪」の意とある。そして、「ジャイロ・コンパス」「ジャイロ・スコープ」などの略とも記されている。用語としては、「ジャイロ・スタビライザ」や「オート・ジャイロ」がある。
「ジャイロ・コンパス」とは、羅針儀の一種で、地球磁気の影響を受けない転輪羅針儀とあるし、また、「ジャイロ・スコープ」とは、上下完全に対称な独楽の軸を円輪が支え、さらにこれを第2の円輪がこれに直角の軸で支え、さらに第3の円輪がこれを前2者に直角の軸で支えて、独楽の回転が3軸方向に自由度を有するようにした装置、と説明されている。さらに、独楽を回転させればその軸は空間に対して一定の方向を保つ、とも記されている。
非常に難しい説明である。図面がないとほとんど理解できない。本書で一番難しい文章といえる。『広辞苑』に載っていたので引用したが、そんな難解な文章はここだけにして、以後はできるだけ平易に書くつもりである。
簡単にいってしまうと、ジャイロとは独楽のことである。ただ、普通の独楽のようにフリーではなく、あるフレームの中で回るように作られている。これが、さきほど「円輪」と書かれていたものだ。
無重力の宇宙空間で独楽を回すなら、話は簡単なのだが、地球上では、独楽はどこかに接していなければならない。接していれば、そこで摩擦が生じて、回転は長くは続かない。最も影響が少ないのは、回転軸の中心で支えることで、たとえば、独楽の軸の先を尖らせておけば、抵抗は最低限にできるだろう。
このようにして、独楽をフレームの中に入れてしまうのは、回転している独楽が、ほかのものに触れないようにするためである。つまり、閉じ込めておくわけだ。
さて、閉じ込めておくにしても、独楽が自由に傾くことができるようにしなければ意味がない。何故かというと、独楽を自由にしてこそ、ジャイロの意味があるからである。
ジャイロスコープとは?
回転している物体は、その方向に留まろうとする性質を持つ。実は、回転しないものでも、すべての物質がこの性質を持っている。たとえば、もの凄く重い(質量が大きい)物体は、その場に留まろうとするし、向きを変えようとしても、大きな力が必要になる。
回転している物体は、回転数が上がるほど、まるで質量が大きくなったような効果を持ち始める。つまり、それ自体はそれほど重くないのに、非常に重いもののように振る舞う。これは、回転という運動を保持しようとする慣性力に起因している。
たとえば、重い物体をお盆の上にのせておき、お盆を急に引っ張った場合、重い物体は動かず、お盆だけが手前に引き出される。テーブルの上に置かれたグラスをそのままにして、テーブルクロスを一気に引き抜く芸があるが、これも同じ現象だ。
独楽をお盆の上で回してみよう。このとき、お盆をどちらかに傾けても、独楽の傾きは変わらない。角度をそのままにしたがる性質を持っている。これは、重い物体が動きにくいのと同じ性質といえる。
もし、独楽をどこにも触れさせず、自由を許す状態にしておくことができれば、独楽は同じ向きで回転を続ける。たとえば、ある箱の中で独楽が回っていて、独楽が箱の内面に触れずに浮いているとする。箱の中を真空にすれば、摩擦抵抗もなくなるから、独楽は永久に回り続ける。この箱をどちらへ向けても、箱の中の独楽は同じ方向を向いているはずだ。こんな箱を作ることができれば、たとえば、箱を透明にすることで、中の独楽がどちらを向いているかを見ることができ、逆に、箱がどちらに傾いたかを知ることができる。方向の基準となる装置になるから、これは、もの凄く便利な道具といえる。
一例を挙げれば、飛行機にこの箱を乗せておくと、飛行機がどちらに向かっているかを示すことができるし、夜間飛行をしているときも、飛行機がどの方向へ傾いたかも、すぐにわかる。
船が陸から離れて航海するとき、方向を知ることはとても重要だ。地球の磁気を利用するコンパス(方位磁石)は、常に北を示してくれる。このコンパスが発明される以前は、太陽や星の位置で方角を見るしかなかったが、これでは、天候が悪いときには方向がわからなくなってしまう。
船は水に浮かんでいるから、水面との角度で傾きがわかるが、飛行機は空高く上がってしまうと、周囲に基準となるものがない。
なんとか、そんな箱(つまり、独楽を中で回しておき、なおかつ独楽の回転や運動に支障を来さない装置)が作れないか、と知恵を絞って誕生したのが、ジャイロスコープ(転輪羅針儀)だったのである。
3つの回転軸
そこで、『広辞苑』のわかりにくかった説明に話が戻る。図1・1に示したように、3つのフレームに、回転するジャイロが支持されている。何故3つなのかというと、3次元の(すなわち、縦、横、高さの3つの軸を持つ)世界だからである。この世は、3次元空間であり、位置は3つの座標値で決まる。
また、図1・2に示すように、回転軸も同様に3つ存在する。具体的には、ヨー軸、ロール軸、ピッチ軸である。ヨー軸は、自動車でいうと左右へハンドルを切って向きを変える回転。ロール軸は、左右に傾く回転で(自動車ではこの回転は操作できない)、飛行機が左右にバンクする回転。また、ピッチ軸とは、飛行機が機首を上げるか下げるか、という回転である。
つまり、さきほどのジャイロスコープも、3つのフレームを、この3つの軸に回転できる機構にしておけば、その内部のジャイロは、どの方向へも自由に向きを変えることができるわけだ。逆に言うと、箱がどの向きになろうと、回転するジャイロは同じ向きを維持することができる。
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ジャイロモノレールについてもっと知りたい方は幻冬舎新書『ジャイロモノレール』をご覧ください。
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ジャイロモノレール
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