100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。
何故、独楽は倒れないのか
これで、ジャイロモノレールも、イメージできたのではないだろうか。つまり、ジャイロスコープを搭載して、姿勢制御をしているモノレールということになる。ただ、飛行機のように舵があるわけではない。ジャイロスコープで車両の傾きを検知しても、それをどうやって立て直すのか、という部分にジャイロモノレールの技術の核心がある。これについては、第2章で詳しく述べたい。
ここでは、その説明に必要な基礎的な事項を取り上げる。それは「ジャイロ効果」と呼ばれる現象である。
ところで、さらに基本的な(あるいは古典的な)問題になるが、回っている独楽は何故倒れないのだろうか?
まえがきにも書いたが、多くの人は、「回転しているから」と答えるだろう。しかし、フィギュアスケートの選手だって回転して転んでいる。回転しているから倒れないという理屈は、いささか強引といわざるをえない。しかも、何故回転していると倒れないのか、という新たな疑問を生むだけで、つまりは、言葉による理由でしかない。一時しのぎの解答といっても良いだろう。
実際には、回っている独楽は、単に倒れにくいというだけで、倒れないわけではない。揺動という揺れがしだいに大きくなり、いずれは倒れる。回転が止まるよりも、倒れる方が早いのだから、このこと自体、「回転すれば倒れない」という理屈が成り立たないことを示している。回転が止まらなくても、回転数が落ちなくても、倒れるときは倒れる。
独楽の挙動については、つい最近まで詳細には解明されていなかった。ジャイロモノレールを開発したBrennanも、独楽に関する実験を繰り返したらしく、たとえば、独楽の軸の先を尖らせて、針のようにすると、独楽が倒れてしまうことを観察している。尖らせば摩擦抵抗は小さくなるので、回転は落ちにくいはずなのだが、それに反した結果といえる。
実際の独楽は、軸の先がそれほど尖っていない。もし、独楽がどちらかに傾くと、図1・3に示すように、床に接している部分が、軸の中心ではなく、少しずれたところになる。こうなると、回転している軸によって、独楽が移動しようとする。真っ直ぐに立っているときは、軸は移動しないが、少し傾くことで、回転する車輪のように働くためである。この軸の移動が、独楽の傾きを戻す方向に作用するため、独楽は再び直立しようとするのである。
ジャイロ効果とは?
しかし、これだけでは、まだ説明は不足している。ここで、どうしても必要になるのが、「ジャイロ効果」なのだ。これだけは、とにかく理解してもらわないと、本書の内容のほとんどが無意味になってしまう。どうか、落ち着いて、じっくりとこの先を読んでほしい。
まず、結果をずばり書くと、ジャイロ効果とは、回転している物体をある方向へ傾けようと力を加えると、その方向とは違う向きへ傾こうとする、という現象である。
違う方向とはどちらなのか、というと、力が加わった方向から、回転方向へ90度ずれた方向である。
図1・4に示すように、回転している独楽の回転軸をz軸とする。この独楽に対して、x軸のプラス座標が下がるように力をかけてみる。すると、回転方向へ90度ずれたy軸のプラス座標が下がる。これがジャイロ効果である。
傾けようとする力とは、すなわち回転力である。x軸のプラス座標を下げるというのは、y軸を中心とした回転を意味する。そして、この力を受けた独楽は、x軸を中心とした回転をしようとする。図1・4は、これらを示しているので、しばらくこの図を見て、ゆっくりと考えてほしい。
この現象は、非常に奇怪な動きとして実際に観測されるものだ。たとえば、独楽を手に持って試してみると体感できる。ただし、普通の独楽は回転した状態では持ちにくい。ここで登場するのが地球独楽と呼ばれるおもちゃである(図1・5)。この特殊な独楽は、フレームの中で独楽が回るので、そのフレームを手に持つことができる。
中の独楽を回転させた状態で、地球独楽を傾けようとすると、変な方向へ動こうとする。普通の物体(つまり静止した物体)であれば、力を受けた方向へ素直に動く。それが自然であるから、独楽のこの挙動は本当に不思議に感じるだろう。まるで、生き物のように抵抗するのである。
力の作用点と変位点のずれ
加えた力と変位が90度ずれるのは、静止しているように見えても、独楽が高速で運動しているからである。
たとえば、図1・6のように、飛んでいるボールに風が当たった場合、ボールは風下へ流される。これは素直に力に従っているのだが、よく観察すると、力を受けた地点よりも、横に逸れた地点は少しずれている。運動しているために、このようなずれが生じるのである。
回転している独楽も、回転運動をしているので、力を受けたときにこのずれが生じる。それが、ちょうど90度という角度になるのだ。
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ジャイロモノレールについてもっと知りたい方は幻冬舎新書『ジャイロモノレール』をご覧ください。
ジャイロモノレール
100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。