100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。
ジャイロモノレールの基本構造
ジャイロモノレールは、ジャイロ効果を利用した姿勢制御装置を搭載している。つまり、前掲のジャイロスタビライザと同じだ。しかし、通常のジャイロスタビライザでは、傾きの検出にジャイロを使っているだけで、実際の姿勢制御は、飛行機ならば翼に装備されている舵によって行われる。つまり、ジャイロスコープによって傾きを知り、舵を切って姿勢を元に戻す、ということをしているだけである。
ジャイロモノレールは、そうではない。モノレールが傾いたときに、舵によって姿勢を戻すことはできない。モノレールは飛行機ほど軽くないし、翼がないので舵もない。たとえ、翼や舵を付けたとしても、飛行機ほど速くないので、モノレールの姿勢を立て直すほどの力を得ることは難しい。いったい、どのようにしてモノレールを倒れないようにするのか。これについては、第2章で詳述したい。
そのための準備も兼ねて、今一度、ジャイロ効果について確認をしておこう。
図1・14のように、回転する独楽をフレームの中で支持し、このフレームを、両サイドの支点で支える構造を考える。独楽自体は、上下の支点で支えられていて、独楽を支えるフレームが左右の支点で支えられている。『広辞苑』にあった難しい説明と同じである。
今、図1・14に示すように、この構造がモノレールのようなボードの上に載っている。モノレールが想像しにくかったら、スケートボードでも良い。
独楽のフレームは、前後に自由に傾くことができる。しかし、左右には傾くことができない。構造を見れば、それが理解できるかと思う。
この状態で、この構造が載っているモノレール(スケートボード)が左右いずれかに傾いたとき、この独楽はどんな動きをするだろうか。
ジャイロ効果を理解した人であれば、この問題は簡単だろう。答は、独楽がどちら回りで回転しているかによって異なってくる。図1・14のように、上から見て独楽が右回転しているとすると、モノレールが右へ傾いたとき、回転方向に90度ずれた方向へ傾こうとするので、この独楽とフレームは後ろへ倒れようとするはずである。
再び、モノレールの姿勢が直立に戻れば、独楽とフレームも元の位置に戻る。逆に、モノレールが左へ傾けば、独楽とフレームは前に傾く。ジャイロ効果のとおりである。
つまり、このようなジャイロをモノレールに載せておけば、モノレールが左右のどちらに傾いたかを、ジャイロの傾き方で知ることができるが、これは、ジャイロスコープの原理ではない。
本来のジャイロスコープは、回転する物体が姿勢を保持しようとする性質を利用したものであり、ジャイロ効果を利用したものではないからだ。図の構造の場合だと、モノレールの前後の回転(ピッチング)の検出がこれに相当する。
モノレールの前が持ち上がった(つまり、上り坂に差し掛かったような)場合、この独楽は、そのままの姿勢を維持しようとするから、モノレールに乗っている人から見ると、独楽とフレームが前に倒れる様子が観察できる。モノレールの前が下がった(下り坂になった)場合は、この逆で、独楽とフレームが後方へ傾くように(乗っている人には)見える。独楽は姿勢を維持しているだけだが、モノレールと相対的な運動をすることになる。
したがって、このフレームの外側にさらに別方向で支持するフレームを作れば、その方向へも自由に傾くことができ、逆にいえば、モノレールがそちらへ傾いたときにも、独楽が姿勢を保持できることになる。これがジャイロスコープの原理である。
このとき、独楽を支えている傾くことができるフレームを、「ジンバル」と呼ぶ。そして、独楽とジンバルを総称して「ジャイロ」と呼ぶのである。
ジャイロによる姿勢制御の原理
さて、もう少し思考実験(頭の中で展開する実験のこと)を続けよう。
さきほどと同じだが、図1・15に示したような、独楽とジンバル(ジャイロ)が載っているモノレールを再び想像してほしい。これは、既にジャイロモノレールに近い構造のものだ。
今度は、モノレールが傾くのではなく、ジャイロを傾けてみよう。モノレールに乗っているクルー(乗組員)が、モノレールの中で、ジャイロのジンバルに力を加えたような場合である。上から見て、右回転しているジャイロが、クルーによって後方へ倒されたとする。どうなるだろうか。
ジャイロの前が上がり、後ろが下がることになる。この力に対して、ジャイロは、ジャイロ効果を発揮するから、回転方向へ90度ずれた方向へ倒れようとするはずだ。ジャイロは右回転だから、つまり、左へ傾こうとする。しかし、ジンバルは前後には自由に傾くことができるけれど、左右に傾くようには作られていない。この方向は、モノレールの床に支えられている。はたしてどうなるのか?
もし、モノレールに載っているジャイロが、車体に比べて小さいものだったら、左右の支点に小さな力が生じるだけで、大きな挙動は起こらない。しかし、ジャイロが充分に大きければ、モノレール自体を左へ傾ける結果となる。ジンバルは左右で支持されているが、モノレール自体は(1本のレール上に立っているため)左右にフリーだからである。
逆にいうと、ジャイロを前後に動かすことで、モノレールの姿勢を自由に左右に傾けることがきる、ということになる。
モノレールに乗っているクルーが、モノレールの左右のバランスを取りたい場合、ジャイロなど用いなくても可能ではないか、と思われる方も多いだろう。
まず、モノレールの左右どちらかに人や荷物を寄せることで、左右のバランスをコントロールできる(傾けたい方へ寄せれば良い)。しかし、右の床を押す、というような力では不可能だ。何故なら、押すためにはどこかを支点にしなければならず、たとえば、天井や壁のどこかにつかまって床を押すことになり、床を押している力と同じ力で天井や壁のつかまっている箇所で上方向へ押していることになるため、トータルで力は相殺されてしまう。つまり、内部にいる者には、力を加えることができない。前進させたいからといって、モノレールの前の壁を押しても無駄なのと同じである。
しかし、さきほどは、ジャイロを後ろへ傾けることができたではないか、と疑問を持たれた方は、かなり原理がわかっている、といえる。その力はどうやって支持されていたのだろうか。車内のジャイロを後方へ倒すときには、モノレールの車体を前方へ倒す反対の力(トルク)が作用するはずだ。これはそのとおりである。しかし、モノレールはレールに乗っていて、前後(ピッチ軸)には傾かない。モノレールを前方へ倒す反力は、前後の車輪に加わる(前の車輪を押し、後ろの車輪を持ち上げる)。つまり、前後の車輪が支持している荷重がそれぞれ変化することで持ち堪える。持ち堪えられないときは、後ろの車輪が浮いてしまうだろう。
モノレールを左右に傾ける(ロール軸回転の)力を、モノレールの前後の(ピッチ軸回転の)支持を足掛かりにして生み出しているのである。すなわち、ジャイロ効果によって、軸を変えた支持ができることを意味している。ジャイロモノレールが成立する原理は、ジャイロによって、回転力の軸を変換することができるからなのだ。
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ジャイロモノレールについてもっと知りたい方は幻冬舎新書『ジャイロモノレール』をご覧ください。
ジャイロモノレール
100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。