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ジャイロモノレール

2024.03.20 公開 ポスト

ジャイロモノレールの不思議な姿勢制御を図解 倒れそうになったらその方向に力をかける?森博嗣

100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。

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ジャイロによる姿勢制御

姿勢制御とは、姿勢を自在にコントロールすることであり、単に倒れにくい安定した状態のことではない。姿勢が思いどおりになれば、姿勢を維持することも可能だ。同じ姿勢を維持するためには、倒れそうになる物体を、逆方向へ導く必要がある。モノレールが右に傾いたときに、左へ押してやれば、モノレールは直立に戻る。もちろん力の加減が必要であり、姿勢を見ながら、逆方向へ適度な力を加える。傾きが大きいほど、強い力が必要になるだろう。

モノレールの外側にいる場合には、この逆方向へ押すという行為が可能であるが、モノレールの中に乗っているクルーには、それができない。右へ傾いたからといって、左の壁を押しても無駄である、という話は、第1章で述べたとおりだ。つまり、モノレールの姿勢を戻すときも、ジャイロの性質を使う必要がある。

では、ジャイロモノレールに乗っているクルーになったつもりで観察してみよう。再び、図2・8を見てほしい。モノレールが右に傾き始めると、車内のジャイロが後方へ傾く(図1・14参照)。これを見ていたクルーは、モノレールが転倒しないように、ジャイロをどちらへ押せば良いだろうか? 

モノレールを左へ傾ければ良いのだから(図1・15参照)、正解は、ジャイロを後方へ押せば良い、である。

もう一度、繰り返そう。モノレールが右に傾き、ジャイロが後方へ傾いたときは、ジャイロを後方に押してやれば、モノレールは左へ傾こうとするので、姿勢が戻る、ということである。90度ずれる挙動を思い描き、これを納得がいくまで、図を見ながら繰り返していただきたい。

もちろん、モノレールが左へ傾いたら、ジャイロは前方へ傾き、そのジャイロを前方へ押してやれば、モノレールは右へ傾き、直立に戻ろうとする。

非常に不思議な現象が起こることにお気づきだろうか。つまり、ジャイロモノレールに乗っているクルーの任務は、ジャイロのジンバルの傾きを観察して、もしどちらかへそれが傾いた場合には、その同じ方向へ押してやることなのである。

 

普通の感覚では、この逆である。ジャイロが傾いたら、それを戻したくなる。ジャイロが倒れてしまっては困るから、傾きとは反対の方向へ加力してしまいがちであるが、これをすると、モノレールはたちまち転倒する結果となる。その力は、傾いたモノレールをさらに倒そうとするからだ。

そうではなく、傾いたジャイロをさらに倒そうと加勢することで、モノレールの姿勢が戻る。モノレールの姿勢が戻れば、傾いていたジャイロも最初の垂直状態に戻るのである。ジャイロだけを見ていると、倒そうとするほど立ち上がる挙動になる。ここが不思議な点である。

ジャイロに反復元力を持たせる

倒れそうになったら、ますます倒れるようにすれば良いのだから、たとえば、図2・9のように、ジャイロのジンバルの上にウェイトを取り付けておけば良い。この重りの役目は、ジャイロのジンバルが前後のどちらかに傾いたときに、さらにそれを倒そうとすることにある。もし、ジャイロの回転が停止していれば、ジンバル自体がたちまちひっくり返って、逆さまを向いてしまうだろう。重い物が下になるのが、地球上の重力場の原則である。しかし、ジャイロモノレール上で回転しているジャイロでは、これが逆になる。不安定なジャイロが、モノレールの安定を維持するのだ。

ただし、これはこのモノレールが走っていないときの話である。実際には、モノレールは前進するのが役目であり、加速したり減速したりする。加速されれば、車内の重いものは後方へ移動しようとする。慣性が働くため、逆方向の見かけの加速度を受けるからだ。もし、図2・9のようにジャイロの上に重りがあれば、加速したときにジンバルが後方へ倒れようとする。これは、モノレールを左へ傾ける力となってしまう。

加速減速のたびに、車両がこのような左右の加速度を受けていては、モノレールにとっては不具合であるから、このウェイトをジャイロの上に取り付ける方法は、実用的ではない。

重力ではなく、図2・10のようにスプリング(バネ)を使った装置にすると、この問題は解消される。ジンバルが中心にあるときには、バネは伸び切っている。ジンバルがどちらかに少しでも傾くと、バネが引っ張り、ジンバルをさらに倒そうと加勢する機構である。実際に、この装置は有効である。

ジャイロモノレールには、以上のような「反復元力」とも呼べる機構が、ジャイロのジンバルに取り付けられている。重力かスプリングか(あるいはサーボモータか)は問わず、ジンバルの復元を阻害する、ジンバルを意図的に不安定にする装置が必要不可欠なのだ。ただし、この機構だけでは、ジャイロモノレールは実現できない。

*   *   *

ジャイロモノレールについてもっと知りたい方は幻冬舎新書『ジャイロモノレール』をご覧ください。

関連書籍

森博嗣『ジャイロモノレール』

ジャイロとはフレームの中で高速回転する重量物を持つ装置(地球独楽を思い浮かべてほしい)。モノレールとはレール1本の鉄道。ジャイロモノレールは「力を受けたときに回転方向に90度ずれた位置で変位する」というジャイロ効果を姿勢制御に利用した鉄道車両で、100年以上まえに開発・実用化されたが、その技術は長く忘れ去られ再現不可能とされていた。著者は実験と試作機の製作を繰り返し、ついにこれを完成させる。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書。

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ジャイロモノレール

100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。

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森博嗣

一九五七年、愛知県生まれ。作家、工学博士。国立N大学工学部建築学科で研究する傍ら九六年に『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後、次々と作品を発表、人気作家として不動の地位を築く。おもな新書判エッセィに『自由をつくる 自在に生きる』『創るセンス 工作の思考』『小説家という職業』『自分探しと楽しさについて』(すべて集英社新書)、『大学の話をしましょうか』『ミニチュア庭園鉄道』(ともに中公新書ラクレ)、『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『作家の収支』『ジャイロモノレール』『悲観する力』(すべて幻冬舎新書)などがある。

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