世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。
アートについての記事が新聞の1面に!
ニューヨークのみならず、パリやウィーンのオペラ劇場は、ビジネスリーダーや政治家の社交場でもあります。一緒にボックス席で観劇し、30分ほどある幕間に、シャンパンやワインを片手に歓談します。
カナッペを頬張りながらの話題が政治やビジネスの駆け引きでない“純然たるオペラ談義”だとしても、利害関係のある要人は時を共にすることができるのです。
ビジネスに何も影響がないはずはなく、少なくともそのオペラ談義は中身のあるものでなければいけない。素養がない人は論外、自分独自の見解を言語化できない人も、距離を置かれてしまいます。
「いやー、よくわからなかったけど、いい声が出てましたねえ!」
無邪気にこんな発言をしたら、「教養がなく、話が通じないレベルの人間だ」とみなされかねません。
オペラに限らず、クラシックのコンサートであれ、絵画や現代アートであれ、一定の基礎知識があり、自分独自の意見を披露できる。これが世界のビジネスエリートの“標準装備”です。
NYタイムズには毎日のように1面に絵画、音楽、オペラなどアート情報が掲載されており、そもそもアートの記事の取り上げられ方が、日本メディアとは大きく異なります。
たとえば、2022年12月21日に写真入りで大きく掲載されたのは、レンブラントの自画像(“Rembrandt in a Red Beret”)についての記事。日本なら文化面にのるところが、1面の大きな記事になっているのは、アメリカ人にとってこれが「17世紀のオランダを代表する世界的な画家についての文化的な話題」にとどまらない大ニュースだからです。
記事によれば、この作品は1934年、オハイオ州の配管工がドイツ人船員と酒を飲んだときに、手に入れたとされています。
「朝起きたら財布は空っぽ、傷んだ絵だけがあった。ドイツ人船員にだまされた!」
この話は真実なのか? 実はドイツ・ワイマール美術館所蔵の作品が、アメリカ移送中に盗まれたものではないか? いずれにせよ本物でなく、弟子の作品なのでは?
真贋問題に加え、第二次世界大戦中のアメリカにはドイツとの貿易を禁じる「敵国取引法」があり、移送自体が違法だった可能性もあります。どこに所有権があるかは宙ぶらりん、歴史の遺恨と国際問題をはらむデリケートな問題です。
さらにレンブラントの作品は、世界に600ほどもあると言われていましたが、鑑定の結果、300ほどに訂正されています。つまり贋作が非常に多い!
そんな中、レンブラントの作品が新たに見つかったとなれば、桁外れの値がついたすべてのレンブラント作品の市場価値が大変動し、世界のアートビジネスに衝撃が走る……。
第一線の美術鑑定家たちは、作品が傷んでいることを理由に「ノーコメント」を連発、修復に手をあげる人も現れない。
この記事は、一つの美術作品が複雑な歴史的背景をもち、政治、国際情勢、経済にも関係するというストーリーを展開しています。
劇場の改修工事は、ヨーロッパでは全国民的な関心事
「ヨーロッパの街の中心は教会、そして劇場・コンサートホールだ」
改めて私がそう感じたのは2023年1月、ウィーンの楽友協会を訪れたときのこと。楽友協会と聞いてピンとこない人も、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地と言えば、おわかりでしょう。ウィーン・フィルは世界的な人気を誇り、ニューイヤーコンサートはNHKでも毎年中継されています。
楽友協会は19世紀の竣工で、時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が「できるだけ多くの人が音楽に親しむことができるように」と一等地を提供。音楽と市民との距離は、非常に近しいのです。それゆえに主要な劇場の舞台監督やオーケストラ指揮者が交替するとなれば、注目が集まります。
たとえばフランスのオペラ劇場の歴史はルイ14世の時代にさかのぼり、現在のオペラ座はパリ改造計画の中で、1874年にシャルル・ガルニエが設計しました。本書の執筆時点では、2024年の完成を目指して改修工事中です。
「伝統を損なわず、新たなオペラ座にするにはどうすべきか?」
単なるメンテナンスでも都市計画でもなく、全国民的な関心事。シラク大統領時代から大激論がかわされ、高い関心を集めているさまは、東京・銀座の歌舞伎座の改築と比較すると違いが顕著です。「アートの記事は、アートに関心のある人が読むもの」という日本人の認識は、世界においては、やや偏ったものと言えるでしょう。
アートとの対峙で「自分なりの問い」を発する
アートは宗教、民族性、歴史と分かち難く結びついており、言葉というある種「限界があるコミュニケーションツール」にはない“表現力”を内包しています。
作品と対峙し、素直に感じることは大切ですが、その背後にある文脈(コンテクスト)を知っているのと知らないのとでは、受け止め方は変わってきます。
たとえば、有名なパブロ・ピカソの〈ゲルニカ〉を見たとき、ピカソの存在すら知らない子どもであっても、何かしら感じるものがあるでしょう。すごい、こわい、面白い、不思議、かわいい──何を感じるかは人それぞれですが、見る者の鼻先まで迫り、感情をかき立ててやまないだけの圧倒的な表現力がある作品だと思います。
しかし、〈ゲルニカ〉に込められたピカソのメッセージを読み取り、自分なりの問いを見つけて思考するのは、ピカソを知らない子どもには難しい。ビジネスパーソンであっても、アートや当時の世界についての知識がないと、相当に難易度が上がってしまいます。
そこで本書では、アートについての最低限の知識をお伝えし、それを“思考の材料”として役立てていただきたいと考えています。そうすれば〈ゲルニカ〉についても、次のような“思考の土台”はすぐに整います。
- 人類が言葉をもたなかった頃から始まるアートの長い歴史はどのようなもので、ピカソという作家はその流れの中で、どの立ち位置なのか?
- スペイン南部のマラガ出身のスペイン人であるピカソの民族性は、作品にどう影響しているのか?
- 第二次世界大戦中にパリで暮らしていたピカソは、フランコ独裁政権に自由を奪われた母国を、どう捉えていたのか?
- ナチス・ドイツに空爆されたゲルニカの街を、どのように考えて、この作品を描いたのか?
これはあくまで、“思考の土台”にすぎません。単に知識を身につけるのではなく、「なぜ、どうして、どんなふうに」と考え、「自分」というフィルターを通して見る。そのうえで「自分なりの問い」を導き出して、歴史的背景や民族性、人間性などの「世界観」を読もうとするのです。
それは「人間の尊厳とは何か?」という深遠な問いかもしれませんし、「もしピカソが今も生きていて、母国がサイバー戦争に巻き込まれたら、どんな絵を描くか?」というシミュレーションでもいい。自分なりの問いは、どんなものでも構いません。アートから問いを抽出し、その答えを考えていくわけですが、クイズではありませんから答えがなくてもいいのです。
大切なのは、作品とじかに対話して、自分なりの問いを発し、考えを深めていくことです。そのトレーニングで、世界のビジネスエリートが身につけている教養が育っていきます。
「アート」を知ると「世界」が読める
世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。