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「アート」を知ると「世界」が読める

2024.04.18 公開 ポスト

人種差別はギリシア彫刻から始まった!? 世界の美意識を変えた古代ギリシアのアート山中俊之(著述家・ファシリテーター)

世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。

哲学とアートは古代ギリシアで磨かれ、インフラは古代ローマで整備された

イタリアの「アピア水道」、フランスの「ポン・デュ・ガール」、スペインの「セゴビア旧市街と水道橋」。この3つを聞いてピンときた人は、インディ・ジョーンズばりに遺跡好きな人でしょう。いずれも古代ローマ帝国の水道遺跡です。

水道遺跡は、ヨーロッパ文明の礎をつくった古代ローマがいかに先進的だったかの証左ですが、インフラに力を入れていたことからわかるように、彼らはかなり実務的なタイプ。哲学やアートもローマでは重要でしたが、その発祥は古代ローマ以前の古代ギリシア。

古代ローマ帝国は古代ギリシアの地域を支配しましたが、哲学やアートは滅ぼさずにちゃっかりいただいた──否、大切に継承したということです。

ローマ水道橋公園

紀元前5世紀のアテネで生きた哲学の祖ソクラテスは「真・善・美」という価値観について思索を深めました。

ドイツのオペラ劇場の正面には「真・善・美のために」とドイツ語で書かれていることがあり、これはプラトンの考えを受け継いでいるものです。

アリストテレスは諸学問の体系化を行い、古代ギリシア文明が花開きます。実際に哲学、絵画、演劇、彫刻、建築、音楽、詩などが発展したのは古代ギリシアでした。

いわゆる学校の世界史だと「古代ギリシア・ローマ」とひとくくりにされてしまいますが、「哲学とアートのギリシア、実務のローマ」と覚えておくと、理解がより正確になります。

「美の古典・美の基準」は古代ギリシアの彫刻から

さて、「古代ギリシアのアート」と聞いて多くの人が思い出すのは、彫刻だと思います。

当時の人々は、全知全能のゼウスをはじめとする多くの神々が、雲がたなびくオリンポスの山に住むと考えていました。

ギリシア神話に描かれているとおり、大勢いる神々は、やや人間臭い存在です。たとえば神々の王ゼウスはあり得ない女好きで、目当ての女性がいると白鳥に化けて近づくなど、手段を選びません(鳥の姿で愛をかわして、子どもまでつくっています)。

浮気に悩まされた妻の女神ヘラは結婚、家庭、母性の神であり、嫉妬深い神でもあるなど、ギリシア神話の神々は、一神教の唯一絶対の神のような神聖な存在ではありません。

ギリシア神話もアートの主要テーマなので、興味がある方は詳しく書いてある書籍を読んでおいてもいいでしょう。

 

ギリシア神話の神にはそれぞれ役割があり、「詩歌や医術の担当」だった神はアポロンでした。

ギリシア彫刻と言えば、ルーブル美術館所蔵の〈ミロのヴィーナス〉〈サモトラケのニケ〉などが日本人には馴染み深いかもしれませんが、数多くのアポロン像も残されています。なぜなら古代ギリシアにおいて、美は男性優位。「若い男性の美しい肉体美こそ、神に近づく素晴らしいもの」であり、アポロンの引き締まったマッチョ体型は、理想の美そのものでした。

ちなみに、筋トレに励んだことで知られる作家の三島由紀夫は、しばしばアポロンをテーマに執筆しています。

今日ではジェンダー平等の観点から「美人コンテストは性差別的」と廃止される傾向にありますが、古代ギリシアでは「美男子コンテストが盛んだった」という文献もあります。

そんな古代ギリシアの彫刻は、紀元前5世紀頃に黄金期を迎えることになります。

当時、盛んにつくられたのが「八頭身・小顔・筋肉質の若い白人男性」の彫刻でした。これらはクラシックと呼ばれるほど、のちの時代の「美の古典・美の基準」となりました。

ラオコーン像

「近代以降の差別や偏見の基準を生んだ原因は、ギリシア彫刻ではないか?」

こう言うといささか極論ですが、西洋アートが人間の身体美にこだわってきたことは、紛れもない事実。たとえば16世紀のルネサンス時代に活躍したイタリアのダ・ヴィンチやドイツのデューラーは、共にアートと科学を結びつけた作家として知られますが、人間の身体美を扱う作品が多いことでも共通しています。

男性のみならず、「高い鼻・パッチリとした大きな目・白い肌」を求めて世界中の女性が化粧をし、医療の力さえ借りようとする現象も、“古代ギリシアの美の基準”にさかのぼれるのかもしれません。

 

「古来、ヨーロッパ人の教養と言えば、ラテン語とギリシア語ですよね? 21世紀の今でさえ古代ギリシアへの尊敬の念は色せないわけで、だから若く美しい白人男性こそが絶対だという価値観が根強いんじゃないですか? 本来は多様である全人類に対して、たった一つの美の基準をつくってしまった。この古代ギリシアの光と影が、アジアやアフリカなどの有色人種への差別や偏見につながっているのではないでしょうか?」

私がもしヨーロッパ人の中でこのように言ったら、議論は白熱するかもしれませんが、ひんしゅくを買って、そのコミュニティから追放される可能性もあります。

「レイシズム(人種差別)はギリシア彫刻から始まった」というのは、それだけ過激かつ受け入れ難い仮説だということですが、あながち外れてもいないと考えています。

これはあくまで私見であり、本書でことさらに主張するつもりはありません。ただ、それほどまでに古代ギリシアの美意識の影響が絶大だという点は、押さえておいてください。

関連書籍

山中俊之『「アート」を知ると「世界」が読める』

NYタイムズではアート関連の記事が頻繁に1面を飾るなど、アートは欧米エリートにとって不可欠な教養である。他方、日本でそのようなことはなく、アートに対する扱いの差が、まさに欧米と日本のイノベーション格差の表れであると、世界97カ国で経験を積み、芸術系大学で教鞭をとる元外交官の著者は言う。アートに向き合うとき最も重要なのは、仮説を立てて思考を深めることである。そこで本書ではアートを目の前にして、いかに問いを立て、深い洞察を得るかについて解説。読み終わる頃にはアートの魅力が倍加すること必至の一冊

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「アート」を知ると「世界」が読める

世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。

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山中俊之 著述家・ファシリテーター

芸術文化観光専門職大学教授。神戸情報大学院大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。2024年現在までに世界97カ国を訪問し、先端企業から貧民街、農村、博物館・美術館を徹底視察。京都芸術大学卒(芸術教養)。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA。大阪大学大学院国際公共政策博士。著書に『世界9カ国で学んだ元外交官が教えるビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)などがある。

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