『三日月とネコ』の実写映画が5月24日(金)からいよいよ公開されるほか、現在、集英社「ココハナ」で連載中の『冷たくて 柔らか』が大反響を呼んでいる漫画家・ウオズミアミさん。そんなウオズミさんの大ファンだという宮田愛萌さんが、2作目となる小説『あやふやで、不確かな』の構想段階から切望していたのは、カバーイラストをウオズミさんに描いてほしいということ。
そこから始まった宮田さんとウオズミさんのコラボレーションは、まるで各々の作品のなかにあるものを映すかのように、繊細なコミュニケーションを紡ぎながら進んでいきました。
互いの言葉の奥にあるものを掬いとりながら完成した、カバーイラストの制作秘話を一挙公開!
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――小説のカバーイラストをウオズミさんに描いていただくことは、宮田さんの夢だったそうですね。
宮田愛萌(以下、宮田) いつかお仕事をご一緒させていただきたいとずっと願っていたんです。編集さんとの初めての打合せのときも、「短編連作の恋愛小説を書きたいです。そしてカバーイラストはウオズミアミさんでお願いしたいです!」ということだけを心に持って行きました(笑)。
私はウオズミさんの作品が大好きで。伝えたいことも、人物もはっきりしているのに、お話は柔らかく、しっかりとした芯がやわらかなもので包まれているよう。まるでふわふわとした手ざわりの、幼い子ども用のドッジボールみたいで、だからしっかり受け止められるんです。そして登場人物が向ける、コマの外にある視線の先を、読む人それぞれの想像が喚起していく余白のようなものが大好きで。描かれている小物も可愛くて、そのひとつひとつにも、“この人はこのイヤリングを、こんな感じで、部屋でつけたのかな?”と思いを巡らせることができるのが楽しくて。そんな思いのなか、何度読んだかわからないくらい、私はウオズミさんの作品を繰り返し読んできたんです。
ウオズミアミ(以下、ウオズミ) うれしくて、ちょっと涙が出てきちゃいました。ありがとうございます。
『あやふやで、不確かな』を読んだとき私は、認識していた“宮田愛萌さん”が自分のなかで一変したことを感じました。というのも、私は愛萌さんのことをアイドルの頃からよく存じていたので、ずっとその像が結ばれていたんですね。この一冊には4つの物語が収められていますが、どの作品も中盤から後半にかけ、自分でもびっくりするくらい心が動きました。登場人物たちの感情の揺らぎ、その表現のなかにある繊細さと対峙していくなか、“この方は作家だ。書く人なんだ”と、愛萌さんへの認識が変わっていったんです。
画面で観る愛萌さんはいつもニコニコしていますけど、その表情の奥で実にたくさんのものを見ている。そしてご自身の見たもの、感じたことを繊細に言語化される方なんだなと。
宮田 ありがとうございます! 「繊細」ということを私はすごく意識をしていて、細めの糸をイメージしながら物語を紡いでいたので、ウオズミさんのそのお言葉、すごくうれしいです。
ウオズミさんが描かれた冴のイラストを見て
「あぁ、私は本当の冴と出会えたんだ」と感じました
――カバーイラストについて、お二人は打ち合わせをされたそうですね。作家さんとイラストを手掛ける方が直接、装画について話し合いをするケースはとても珍しいですね。
ウオズミ 愛萌さんが作品に対して持っていらっしゃるイメージ、そしてどんな装丁にしたいと思っていらっしゃるかということを知るのは、イラストを描くうえでとても重要なことだと思ったんです。
宮田 私は正直、ウオズミさんが描いてくださるなら、それだけで幸せ! だったのですが、もし機会を設けていただけるのなら、直接、言葉を交わしたいと思いました。
あのとき話のなかで、「やっぱりカバーイラストに描くのは主人公の冴がいいよね」という流れに自然になっていきましたよね。そこで「どういう冴にしよう」「じゃあ、冴っていったいどんな子?」というやりとりをウオズミさんとしていくうちに、自分が生み出した人物なのに、「冴ってこういう子だったんだ!」という発見がいくつもあったんです。
完成したイラストをいただいたときはもう胸がいっぱいになってしまって。自分でも気づかなかった冴の一面がイラストには現れていて、「あぁ、私は本当の冴と出会えたんだ」と感じました。
――打ち合わせでは、宮田さんが口にされた「楕円みたいな」というワードから、お二人の間で、言葉のキャッチボールが続いていったとか。
ウオズミ 「感情や気持ちを、色でたとえていいですか? 形でたとえていいですか?」と、愛萌さんがおっしゃって。冴のイメージは彩度の高くて薄い、色とりどりなイメージであるというお話を聞かせていただいたんです。そのイメージをすり合わせていくなかで「冴は、丸にはならない楕円です」という言葉が愛萌さんから出てきて。イラストの打合せのとき、そういう感覚的な言葉を使う方ってあまりいらっしゃらないんです。でも描く者にしてみると、それはとてもわかりやすいワードでした。
――「楕円」という表現から、ウオズミさんはどのように、イラストを描かれていったのですか?
ウオズミ 私は絵を描く時、よく丸で雰囲気を表すんです。「楕円」という愛萌さんの言葉から、私は「この丸をいびつにしたい」というイメージを持ちました。たとえば、「髪の毛の部分の水彩の滲みは、いびつな丸を組み合わせて作ろう」とか。
宮田 この髪の部分のポヤンと滲んでいる感じが、私の中の冴のイメージと重なります。小説のなかでも、周りの人にとっての冴は見た目からでは理解しづらい人。なのに、そのわかりづらい外見を通して、冴という人の内面まで表現してくださったことに感動を覚えました。
ウオズミ 装丁が公開されたとき、冴と同年代の知人の女性が、「この人は不安定な感じもありつつ、明るい。ふわふわすることもあるだろうけど、芯がしっかりある人ですね」という感想を伝えてくれたんです。それはまさに愛萌さんがおっしゃっていた冴そのものですよね。
宮田 すごい!
ウオズミ 物語をまだ読んでいない方にもそう感じてもらえて、本当によかったなと思いました。
――そして冴の目の中には、物語を読むことで浮かびあがってくるある仕掛けが……。
ウオズミ 本当によく見ないと分からないくらいにしました。
宮田 冴の目の中に描いてくださったシーンは、冴の素が最も出た瞬間でもあります。それを掬っていただけたのが本当にうれしかったです。あのときの冴は無意識のうちに、自身の目のなかに映っているものに惹かれていた。
ウオズミ あのシーンは、とても印象的なシーンでした。物語の中でもしかしたら一番、冴の人となりが分かるシーンなのではないかなと。それをどうしても描きたかった。
宮田 彼女の本質はこういうところにあるんだろうなと。でも実は、このシーンを書いているとき、そのことについては全然意識していなかったんです。
ウオズミ そうなんですか?
宮田 物語が進んでいくなかで、あのシーンが自然に現れてきたという感じでした。読み返してみて初めて、「冴ってこういうところがきっと素なんだろうな」と気付いたんです。
わからないまま受け取ることって
とても大事なことだと思います
――主人公の冴を中心に語られる4組それぞれの恋心を描いた本作の芯にあるのは「コミュニケーションの難しさ」です。
ウオズミ 「言葉で伝えないと伝わらない」は、私もそのとおりだと思います。そしてそれは同時に、言葉へのリスペクトなのではないかと。言語化して他者に伝える、たとえ理解されなくても、どうにかして他者に伝えたいというやりとりを、人と人とはしないわけにいかない。もっと言えば、してこそなのだと。この小説には、それが描かれていると思いました。
言葉にして自分の「本当」を伝えるのは難しいですよね。けれど他者とのコミュニケーションに言葉が絶対に必要だということを、改めて確認したような気持ちになりました。
宮田 たとえ伝わらなくても、伝えようという努力をすれば、受け取る側もそれを掬うために頑張れると思うんです。伝えよう、掬いとろうと、互いがその一歩を踏み出すことが大切なことなのではないかと。
ウオズミ 私たちはそれぞれ皆違う人間なので、理解できなくても、分かり合えなくてもそれは当然のことかもしれません。でも「相手とは違う」ということを確認する意味でも、言葉にして伝え合うのは大事なことだと思います。
宮田 ある友だちと会話をしていたとき、私が言ったことに「全然、わかんない」と返してきたんです。でもそうやって言われるの、私はすごくうれしくて。自分の抱いた「わかんない」を、無理やり自分のわかる言葉に当てはめたり、置き換えたりせず、わからないまま受け取ってくれることが私はすごくうれしかったんです。
ウオズミ いいお友だちですね。わからないまま受け取るって、とても大事なことだと思います。
自分のなかにはないものを小説に書くところにも
愛萌さんの作家性を感じます
ウオズミ この作品の執筆中、つらいと思ったことはなかったですか?
宮田 めちゃめちゃありました。1話目の「成輝」では、登場人物とは誰ひとりとして分かり合えなくて、「これはどういうこと?」と言いながら書いてました。
ウオズミ 思う方向に人物たちが行ってくれなかったのですね。
宮田 そうなんです。ウオズミさんはご執筆中、そういうことはありますか?
ウオズミ 理解できないことはありますね。
宮田 そんな時はどうされているのですか?
ウオズミ 登場人物になりきり、理解できないその人に手紙を書いたりしています。でもやっぱり理解することは難しいですね。
宮田 私は、登場人物の胸ぐらを掴んでの大喧嘩みたいなことになってしまいました(笑)。
ウオズミ (笑)。大喧嘩をして理解できましたか?
宮田 できませんでした。どうしてもわからないので、「あなたが思ったことをすべて言語化して。私はそれを書き写すから」と、その人物から出て来る言葉をひたすら書き写していました。
ウオズミ そういうところにも私は愛萌さんの作家性を感じるんです。それって自分のなかにないものを小説に書いているということだから。自分の内側はもちろん、外側にも目を向け、いろんなものを感じているんだなと。そんな愛萌さんが書く小説を、私はもっと読みたい。だからこれからも途切れることなく、たくさんの小説を書いていってくださいね。
原稿/河村道子 撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
Information
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【HP】https://mikazuki-movie.com
【X(Twitter)】 @mikazuki_movie 【Instagram】 @mikazuki_movie
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