子どもと親しくなり、信頼関係を築いた上で、その信頼を巧みに利用して性的な接触をする「グルーミング」。見ず知らずの相手を狙う痴漢や盗撮などとは大きく異なります。性犯罪者治療の専門家、斉藤章佳さんがこの性犯罪の特徴やそれを取り巻く問題について解説した幻冬舎新書『子どもへの性加害』より、一部を抜粋してご紹介します。
※性被害・性加害の具体的な描写があります
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子どもは被害を「認識」できない
成人への痴漢やレイプなどの性暴力と違い、子どもへの性暴力においてもっとも特徴的なのが、「被害者である子どもは被害をすぐに認識できない」という点です。
グルーミングの被害者である子どもが語る言葉でよく耳にするのが、「何が起こっているのか、わからなかった」というものです。性交に関する知識や、男女の体の仕組みの違いについてもまだ知識のない子どもにとっては、自分の体を性的に消費される、加害者の性器を見せられる、裸の写真を撮影される……などの出来事に直面しても、何が起こっているのか状況を即座に把握できません。これは男女ともにいえることです。
ジャニーズ事務所の性加害問題が取り沙汰されていますが、そのうち中学校1年生のときに被害にあった男性は、それまで性体験がなかったため当時はとても困惑し、自分の身に何が起こっているか理解できなかったことや、体が硬直してどう反応をしたらよいのかわからず、とりあえず寝たふりをしたという趣旨の発言をしています*1。
さらに子どもの場合、知らないうちに被害にあっていることもあります。
2017年2月、自然体験ツアーなどを主催するキャンプ教室の添乗員が、子どもが寝ている間を狙ったり、薬を塗るふりをしたりしてわいせつな行為をし、その一部始終を動画撮影したことで、男児ポルノ撮影グループが摘発される事件がありました。
このグループメンバーの所持品からは、児童ポルノ画像や動画が10万点以上も押収され、被害児童は4~13歳の168人にものぼったという報道もあります。これによれば、そのほとんどが被害に気づかず、たとえ性被害にあった自覚があっても「恥ずかしくて親に言えなかった」と話す男児もいたそうです。
被害者が自分の身に起きたことを「性被害だ」と認識しづらいことは、アンケート調査からも明らかになっています。性被害者支援に取り組む一般社団法人Springが2020年に公表した「性被害の実態調査アンケート*2」では、被害後すぐに「被害」だと認識できなかった人は6割に及び、被害の認識までにかかる年数は平均7.48年だったそうです。
約7年半というのは、小学校1年生の児童が中学校2年生になるほどの長い年月です。幼い頃の経験を「あれは性暴力だったんだ」と思春期になってようやく認識する、というわけです。
この調査を分析した上智大学准教授の齋藤梓さんは、「顔見知りの人からの被害だと、『見知らぬ人から突然襲われる』というイメージと合致せず時間がかかることもある」と朝日新聞の取材記事*3でコメントしています。それまでゲームを一緒にしていたやさしいお兄さんから突然性的な被害を受けた子どもは激しく混乱し、被害を被害と認識するまでにとてつもない年月がかかる……これもグルーミングのおぞましさといえるでしょう。
延長されたものの、まだまだ短すぎる性被害の公訴時効
先ほどのSpringによる調査では、性被害にあった人が被害を認識するまでに平均で約7.5年かかっています。さらに被害を認識しても、身近な人に相談するまでには平均で5~6年かかることがわかりました。
身近な人に性被害にあったことを相談しても、警察に被害届を出さなければ、事件として扱ってもらえません。この調査では、「警察に相談しなかった」という回答は83.8%にのぼっています。また、被害にあってから警察に相談するに至るのは、平均して9.95年後でした。
つまり、約8割の人が警察に相談をせず泣き寝入りの状態で、たとえ相談をするにしても平均して10年ほどの年月を要していたというわけです。
こういった被害の実態に鑑みて、2023年7月に施行された改正刑法では、公訴時効期間が延長されました。公訴時効とは、たとえ犯罪が行われたとしても、法律の定める期間が経過すれば対象者を処罰することができなくなる制度です。この公訴時効が、先の刑法改正では長くなりました。不同意性交等罪の公訴時効はこれまでの10年から15年に、不同意わいせつ罪はこれまでの7年から12年に延長されました。
また、もしも被害者が18歳未満ならば、18歳になるまで事実上、公訴時効は適用されません。たとえば18歳未満のときに不同意性交等罪の被害にあった場合、18歳が起点となり、18歳+15年=33歳になるまで公訴時効は完成しない、というわけです。
しかし、性被害の当事者団体や識者からは「短すぎる」との声が上がっているのも事実です。先に述べたように、巧みにグルーミングされた被害者は、被害を認識するまでに長い年月がかかります。さらに加害者から植えつけられた恐怖心や恥、「自分が悪かったのではないか」という自責の念から、すぐに周囲に相談をしたり、被害を訴えられるわけではないからです。
オーストラリアの子どもの性虐待に関する調査では、ほかの人に被害があったことを話すまでの期間は平均23.9年*4。アメリカの男性の児童性虐待被害者調査では平均21.4年というデータもあります。
ちなみにイギリスやカナダでは、不同意性交等罪の時効はありません。時効がある国でも、フランスでは30年、ドイツでは20年と日本よりも長いです。さらに被害にあったのが未成年だった場合、ドイツでは被害者が30歳になるときまで時効は適用されず(30歳になった時点が起点)、30歳+時効の20年、つまり被害者が50歳のときになって初めて時効を迎えるというわけです。
加害者には時効があっても、被害者の傷には時効がない──これは被害当事者がよく述べる言葉ですが、被害者のこころの傷は一生涯続きます。今後日本でどのような刑法の見直しがあるのか、引き続き注目したいところです。
*1「【性加害問題】“実態を知ってほしい” ジャニーズ事務所 元所属タレントたちの声」NHK「クローズアップ現代」、2023年5月17日
*2「性被害の実態調査アンケート 結果報告書(1) ~量的分析結果~」一般社団法人Spring、2020年12月24日
*3「性暴力、被害と認識するまで平均7年半 調査で明らかに」朝日新聞デジタル、2020年11月20日
*4「性犯罪の時効5年延長は『短すぎる』 審議中の刑法改正案、子どもの被害『実態に即して』」東京新聞 TOKYO Web、2023年5月28日
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※性被害・性加害の具体的な描写があります