小林賢太郎さんの最新書籍『表現を仕事にするということ』より、試し読みをお届けします。
リーダー論
表現活動がある程度の規模になると、つくり手にリーダー職がともなってくることがあります。複数の人間が集まって物事を進めていく以上、リーダーの存在は必要です。
チームで物事を進めているリーダーさんから、ご相談をいただいたことがあります。
「みんながのびのびと仕事をできるように意識していることは?」とか、「ぜんぜん協力する気持ちがないメンバーがいるんですが」とか。 まずは心を込めて、この言葉を贈ります。
「お疲れ様です!」
僕に相談をしてくれたということは、僕のプロジェクトがうまくいっているように見えていたのかもしれませんね。でもそれは、うまくいっているように見せているだけですよ。
僕が模範的なリーダーかと言えば、まったくそんなことはありません。間違えるし、迷うし、猫背だし、白髪も多いです。いつまでたっても、反省も学ぶべきことも尽きません。
「みんながのびのびと仕事をできるように意識していることは?」というご相談は、管理職の方からでした。
たしかに、現場はそうあるべきだと僕も思います。だから参加してくれた人から「賢太郎さんの現場楽しい」なんて言ってもらえると、とても嬉しい気持ちになります。
僕には、リーダーとして心がけていることがあります。それは「正解を示すのではなく、方向を示す」というものです。
このチームは、どっちに向かおうとしているのか。リーダーによってこの大きな矢印が示されていれば、参加している人は同じ方向を向いて力を発揮してくれます。それぞれが自分の仕事として、それぞれの頭で考えて行動してくれるんです。これは、チーム全体の前向きな雰囲気のためになっていると思います。
「チームで物事を進めているのに、ぜんぜん協力する気持ちがないメンバーがいるとき、どう対応して乗り切ればいいでしょう?」
これは、学生劇団の座長さんからのご相談でした。
複数の人が集まれば、困った人がいることだってあります。
ぜんぜん協力する気持ちがない、ということは、前記した「方向を示す」ってことがうまくいってない可能性があります。やることを自分で探そうとしないタイプの人にとっては、方向が示されていなければ、協力しようがないですからね。
でも、方向は示されているにもかかわらず、協力的じゃない人も、ときにはいると思います。自分が得をすることしか考えてない人とか、極度のめんどくさがり屋とかね。そういうタイプの人が現場で問題を起こし、困らされた経験は僕にもあります。
しかも問題を起こす人には、問題を解決する能力がなかったりします。リーダーは、問題そのものと、問題を起こした人、その両方に向き合わなければなりません。これは、リーダーになってみなければ分からないことかもしれません。
リーダーの仕事には、他者から見えるものと見えないものとあります。前線で指揮をとっている姿は、周りからも見えます。でもメンバーが起こした問題によっては、外部に見えないように、ときには内部にも見えないように、対応しなければならない場合もあるんです。
僕はリーダーとして、問題を起こした人がメンバーである以上、その人を守る努力をします。問題が表に出ないように、問題を起こした人をかばうんです。とくに観客には、舞台裏で何があったのか、伝わらないようにしています。
作品の品質を管理することのみならず、チームのために見えないところも頑張るのがリーダーの仕事です。つまりリーダーって先頭にいるけど、裏方なんです。僕はデビュー以来、ずっと裏方です。
困ったメンバーに悩まされているリーダーさんに、伝えたいことがあります。
「どうか、あなたを奪われすぎてしまわないようにしてください」
チーム全体が前進しようとしているときに、立ち止まっている人がいたら、リーダーのあなたは「こっちに行こうよ」って、きっと手を差し伸べるでしょう。でも、歩こうとしない相手を、無理やり歩かせようとすることは、あなたも一緒に立ち止まることになってしまいます。立ち止まるだけならまだしも、あなたが消耗しすぎて、プロジェクトそのものが破綻しては、もともこもありません。
そのためにも、その困った人と、ある程度しっかりと向き合ったら、どこかで限界を見極め、潔く距離をとってください。この「距離をとる」という考えを、冷たいと思う方もいるかもしれません。「それでも俺は見捨てたりなんかしない! 相手が分かってくれるまで、根気よく向き合うんだ!」と。それなら、その優しさで、その困った人と向き合い続けてください。実は、かつての僕がそうでした。
クビになりたくて組織に参加する人なんていないし、人をクビにしたいリーダーなんていません。でもね、「見捨てない」という言葉の意味を誤解してはいけません。 あなたにとって、あなたの人生より大事なことなんてありません。そして同じように、あなたを困らせる人にも、人生があります。それは、あなたの人生ではないのだから、立ち入ることはできません。相手の人生を尊重するということは「見捨てる」とは違います。やるべきことは、我慢ではなく努力です。現場を妨げ、そして改善の見込みのない人とは、わざわざ同じ場所にいなくていいと思います。
メンバーを守るのはリーダーの大事な仕事です。そしてリーダー自身もまた、大切なメンバーのひとりです。けれどリーダーのことは、誰も守ってくれません。耐えているつもりでも、限界を超えてしまっていることに、自分では気がつきにくいものです。どうか自分のことも、守ってあげてください。
いろんな意見があると思います。ここに書いたことは、僕個人の経験と考えによる、僕なりのリーダー論です。あなたならどうするか、自分で考えて、自分で判断してください。
演劇部の部長さん、劇団の座長さん、管理職の皆さん、監督、主将、キャプテン、店長、班長、編集長! あらゆるプロジェクトのリーダーのみなさま、本っ当にお疲れ様です! あなたがリーダーを務めるプロジェクトが、うまくいきますように。
* * *
表現を仕事にするということ
やるやつは、
やるなと言われてもやるんです。
表現を仕事にする上で大切にしたいこと。
起こりうる様々な困難の乗り越え方。
表現の表裏にあることについての39篇。
どんな思っても見ない出来事も、
それを経験したからこそ、
たどり着ける表現があるはず。