謎の声が聞こえる、なぜか線香の匂いが立ち込める、天井や壁から手が出てくる、などさまざまな不可解な現象が起こるスタジオ「ヨコザワ・プロダクション」。このスタジオを30年以上運営する横澤丈二さんがその不思議な体験を綴った書籍『日本一の幽霊物件 三茶のポルターガイスト』は、『三茶のポルターガイスト』として映画化されました。さらに6月21日からはその続編となる『新・三茶のポルターガイスト』が公開。これを記念し、書籍の一部を抜粋してお届けします。
舞台『蠅の王』の稽古中に…
入居してすぐ、劇団発足の第一回記念公演、通称「旗揚げ公演」を開催することになった。その公演の演目はノーベル文学賞も受賞しているイギリスの著名作家ウィリアム・ゴールディング原作の『蠅の王』にしようと決め、私が脚本と演出を担当した。
タイトルにある『蠅の王』とは、聖書の中に出てくる悪魔「ベルゼブブ」のこと。実に恐ろしい話なのだが、元々オカルト話が好きな私としては、好きな作品だった。しかし、その稽古の最中……まさに悪魔ベルゼブブが現れたかのような怪奇現象が起きてしまったのだ。
ある日のこと、稽古場のすぐ下の3階に店を構えていた雀荘の店長が、突然我々の稽古場を訪ねてくるなり、こう怒鳴り散らしたのである。
「何をやってるのか知らないけどさ、奇声みたいなのを上げる連中は他の階でもいるからいいんだけど、床をドンドンと叩くのはいい加減止めてくれないか? お客が麻雀に集中できないから苦情が来てるんだよ。商売上がったりだ!」
確かに、このビルにはキックボクシングのジムや空手道場、さらにカラオケも入っていたので、大声には慣れているのだろう。だが、狂ったように床を小道具で叩き続けているとなれば、そりゃ苦情も来るか……と、私は店長の怒りを察した。
そしてこの苦情を機に、私は稽古場の床に防音材を敷き詰めることを決意したのだった。正直なところ、会社の設立や稽古場の契約、それから舞台公演と、かなり経費が嵩んでいたので、予定外だった防音材の工事は懐的に厳しかった。しかし、これ以上周りに迷惑をかけるわけにはいかなかったので、稽古を2日間丸々休みにして防音材を敷き詰める工事を業者にお願いしたのだった。
防音材を入れたのに…
無事に工事が終わり、防音材が床に入ったことで、もう騒音問題は解消しただろうと私は安堵していた。
しかし、工事が終わった後の稽古日のことである。その日は午後からの稽古だったのだが、今後のことや、俳優たちの奇妙な行動など、諸問題についてじっくり考えたかった私は1人で午前中から稽古場にいた。すると、いきなり強い勢いでドアをノックする音がした。やる気のある俳優が自主的に稽古をするために早く来たのか? と思いドアを開けたのだが、そこに立っていたのは俳優ではなく、雀荘の店長だった。
そして、驚きの言葉を投げかけられたのである。
雀荘の店長(以下店長)「お宅さ、いい加減にしてくれない? 夜中に稽古するの」
私「なんのことでしょうか?」
店長「夜中までドンドンやられたら迷惑なんだよ」
私「それはいつの夜中ですか?」
店長「ふざけたこと言ってるんじゃないよ」
私「ふざけたこと?」
店長「一昨日も昨日もやっていたじゃないか。夜中にあんまりドンドンやるもんだから、うちのお客さんが怒っちゃって仕方がなかったんだ。それでここに文句を言いに来たら、示し合わせたようにシーンとしやがって、いい加減にしてくれよ。随分タチの悪い連中だね」
私「ちょっと待ってください。一昨日から2日間は稽古が休みだったので、誰一人ここには来ていませんよ」
店長「ああ、そう。今度はそう出るかい。もしかしてあんたたち、いかがわしい宗教でもやってるんじゃないの?」
私「いや、どう思われるかは勝手ですけど……下の階に迷惑をかけないようにと、この2日間は防音材を敷く工事をしていたんです。ですから工事スタッフの出入りはありましたけど、真夜中まで作業をするような業者はいませんよ」
店長「防音材なんて敷くはずないじゃないか! 本当に気持ちの悪い連中だよ。あんたたちはそうやって一致団結して『やっていません』って言うんだろ。普段も、俺たちがここへ文句を言いに来ても、ピタッと音を止めるしな」
その言葉で私はこう思ったのである。ま、まずい……『蠅の王』に魔物が宿っているのではない、うちの稽古場に魔物が宿っているのだ……と!
結局、私はこう決意した。もしも、この稽古場に魔物が宿っているのだとしたら、今後どの作品をやっても同じようなことが起きるのかもしれない。だったら運命だと思って受け入れてこの『蠅の王』は予定通り上演しよう、と。
この状況を大家さんは…
それからも、度々雀荘の店長に怒られながらも稽古を続けたことは今でも忘れない。本当のことを説明なんてしようものならまた「宗教だ」「嘘つきだ」となじられるのは目に見えていたので、私は謝罪に徹していた。
これは後から聞いた話だが、店長が苦情を言いに来たその夜も我々が帰った後にドンドンと騒がしい音がしたらしい。結局、防音材なんて何の意味もなかったのである。
その後、何かこれ以上のトラブルが起きても嫌だったので、私は念の為に一連の経緯を大家に説明しようとした。すると、雀荘の店長もちょうど大家に苦情を言いに来ている時で、バッタリ鉢合わせしてしまったのだ。気まずい空気が流れたのも束の間、この時に放った大家の一言がまた壮絶だった……。
大家はまず雀荘の店長に向かってこう言った。
「雀荘っていったって怪しげな商売もしてるんだから、このうるさいビルじゃ真夜中に音がするくらい当たり前だっていうことで、もう手打ちにしてちょうだい。それ以上文句を言うなら家賃を上げるわよ。あんたが入ってきた時よりこの辺の価値は上がってるんだから、新しく入ってきたテナントさんたちと同じ家賃にしちゃうわよ」
その言葉に雀荘の店長は苦々しく「我慢しますよ」と言い、そそくさと帰っていったのだった。残った私に対しては、
「あんたたちが楽しそうに演劇やってたから、ここら辺にいたお化けたちが一気に集まってきたんじゃないの? ガハハハ! まぁ頑張ってよ」
なんじゃその反応は……? である。
* * *
続きは幻冬舎文庫『日本一の幽霊物件 三茶のポルターガイスト』でお楽しみください。
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