謎の声が聞こえる、なぜか線香の匂いが立ち込める、天井や壁から手が出てくる、などさまざまな不可解な現象が起こるスタジオ「ヨコザワ・プロダクション」。このスタジオを30年以上運営する横澤丈二さんがその不思議な体験を綴った書籍『日本一の幽霊物件 三茶のポルターガイスト』は、『三茶のポルターガイスト』として映画化されました。さらに6月21日からはその続編となる『新・三茶のポルターガイスト』が公開。これを記念し、書籍の一部を抜粋してお届けします。
各階の間取りがすべて違うビル
1992年の9月。元々、俳優たちの演技指導をしていた私は、生徒が増えるにあたって、広い稽古場に移ろうと決めた。自宅に近い場所がいいと思い、探しているうちにたまたま見つけた物件が今のビルだった。
1967年に建てられた地下2階・地上8階建ての古びた雑居ビルだったが、私が求めていた理想的な広さもあったし、とにかく駅から近くて世田谷通り沿いという好立地だったので、すぐに下見をすることに決めた。
実際にビルを見に行き、先ず以て違和感を覚えたのは“各階の間取りがすべて違う”ということだった。「なんで、こんな歪な造りなのだろうか……」と疑問を感じたのだが、好条件が不安に勝った。
そのビルは、飲み屋だけでなく、2階には空手道場、3階は雀荘、5階にはキックボクシングのジムが入っているような賑やかな建物だったので、大声で演劇の稽古をしていても周りから文句を言われたりしない利点があった。うってつけの場所だと思い、私は現在の稽古場がある4階の部屋を契約することに決めたのだった。
大家さん「お化け出るけど気にしないでね」
多少、ビルの構造に違和感はあったのだが、入居してすぐにそれを超える驚きがあった。屋上に1人で住んでいた大家のおばさんが、私に会うなりこう告げたのだ。
「うちのビルさ、エレベーターにお化け出るけど気にしないでね」
はあ? この人は、一体何をいきなり言い出すのだろうか……。私がポカンとしていると、大家さんは次のように話し出した。
「そのお化けさ、晴れの日によく出るんだけど、黄色いレインコートを着てエレベーターの中に立っているんだよ。雨も降っていないのに、おかしいよね。もし、その姿を見てしまったら、それはこの世のモノではないから絶対に話しかけない方がいいよ」
あまりにもフランクに言うものだから、私も「は、はい。あ、そうですか……」と気の抜けた返事をするしかない。
「でもね、一番怖いのは人間なんだからね。そんなこと芸術をやってる貴方ならわかるでしょ? ワハハハ」
大家さんは、そう言って豪快に笑い飛ばしたのであった。
なんなんだろう、この人……私をからかっているのだろうか、と思ったのだが、しかし! この話を聞いた3日後に私はその異次元の者と対峙することになるのだった……!!
異次元の者と対峙
その日は晴天だった。私はビルのエントランスにある小汚い扉の前に立ち、上階にいたエレベーターを呼んだ。
チンッ、と扉が開いた。
すぐに目に飛び込んできたのは、エレベーターの中の濡れている床だった。グググと視線を上にやると、最大でも5人程度しか入れないほどの小さな箱の奥に、女が壁にへばりつくようにして後ろ向きで立っているではないか……!
よく見ると、右手にモップを持ち、左手にプラスチックのバケツを持って立っている中年の女性……。
一見、掃除のおばさんに見えるのだが、その人物はうっすらと濡れたような黄色いレインコートを着、紺色の長靴を履いていたのであった。
私は「こ、これがまさかその幽霊?」と一気に寒気が込み上げてきたのだが、まだ判別はつかない。その女性は1階で扉が開いても降りなかったので、仕方なく私はその異様な空間のエレベーターに乗った。
中に入るとボタンはどの階も点灯していなかった。稽古場がある4階のボタンを押してそこに着くまでの間、私が考えていたのは「大家さんは“絶対に声をかけちゃいけないよ”と言っていたけれど、声をかけたらどうなるのだろうか?」ということだった。
狭い空間で2人……。ガタガタギシギシと痛ましい音を立てて軋むエレベーターに、異様な空気が流れていた。私は自分の心臓の音が相手に聞こえるくらいドキドキしていたと思う。話しかけるタイミングを見計らっていたのだが、声をかけられないまま、あっという間に4階に着いてしまった。
「これが、最後のチャンスだ……」そう思って、私は降りる際に再びエレベーターの方を振り返った。中の女性は微動だにしなかったが、透けることもなく、確かに目の前に存在していた。「もしかしたらこれが最後で、二度と会えないかもしれない……」そう思った瞬間、咄嗟に「お掃除ご苦労さまです」と口を衝いて出てしまったのだ。
すると……。
今振り返るとなんだかその時の空間が歪んでいるような、そして、スローモーションのような映像に感じるのだが、エレベーターの扉が閉まっていく中、その女性が無言でゆっくりとこちらに振り向いたのだ。
しかし、振り向き方がどうもおかしい。普通、振り向く時は体をひねり、顔と一緒に肩もこちらの方を向くはずだ。しかし、その女性の体はきれいに後ろを向いたまま、顔だけでこちらを見てきたのだった!
その姿はまるで映画『エクソシスト』に出てくる悪魔に取り憑かれてしまった女の子・リーガンのようだった。ググググググと首だけが回転してこちらを向いたのである! しっかりと私の方に向けたその顔は……なんと、中身をえぐられたようにドロドロに陥没しており、どこに鼻と口があるのかもわからない真っ黒の顔だったのだが、その奥にキラリと光る2つの目があったのである。
あまりの衝撃で私は足がすくんでしまっていた。呆然とする私とその女性はエレベーターの扉が閉まるまでしっかりとお互いの顔を見つめ合っていた。そして、完全にエレベーターが閉まると、そのままスーーッと上の階へと上がっていったのだった。
これはさすがに今まで自分の身に起きた恐怖体験の中でも相当レベルが高いものだと直感した(後述するが、私はもともと幼少期から霊感があった)。
だから、この遭遇の後、すぐさま屋上に住む大家に会いに行き事の次第を話したかったのだが、女性の乗ったエレベーターが上がっていくのを見てしまっているので、なかなか屋上に行く勇気が出ず、私が大家と話をするのはかなり後になってからだった。
後日、大家に会って自分が見たモノについて話したのだが、開口一番「ああ、見たの。そんで話しかけたの? 話しかけるなって言ったじゃない」と、あっけらかんと返されたのは今でも鮮明に記憶に残っている。
「出るものは出るんだからしょうがないじゃない。理由がわかっていれば私だって世話ないわよ」
私は、「出るもんは出る」という大家の壮絶な一言に震えながらも、「とんでもなくおもしろい場所に稽古場を構えてしまったな」と、どこか胸が躍る、ややクレイジーな感情が込み上げていたのも事実だった。
だが、これはあくまでも入居早々に大家に言われたエレベーターで起きた話だ。この場所にだけ注意を払っていれば大丈夫か、と油断していたのも束の間。まさかこの後、自分の稽古場内でも怪奇現象が次々と起きるとは思ってもみなかったのである。
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続きは幻冬舎文庫『日本一の幽霊物件 三茶のポルターガイスト』でお楽しみください。
日本一の幽霊物件 三茶のポルターガイスト
謎の声が聞こえる、なぜか線香の匂いが立ち込める、天井や壁から手が出てくる、などさまざまな不可解な現象が起こるスタジオ「ヨコザワ・プロダクション」。このスタジオを30年以上運営する横澤丈二さんがその不思議な体験を綴った書籍『日本一の幽霊物件 三茶のポルターガイスト』は、『三茶のポルターガイスト』として映画化されました。さらに6月21日からはその続編となる『新・三茶のポルターガイスト』が公開。これを記念し、書籍の一部を抜粋してお届けします。