OECD(経済協力開発機構)諸国で、日本は最も理系女性が少ない国。女性学生の理科・数学の成績は世界でもトップクラスなのに、なぜ理系を選択しないのでしょうか。
緻密なデータ分析から日本の男女格差の一側面を浮彫りにする幻冬舎新書『なぜ理系に女性が少ないのか』より、一部を抜粋してお届けします。
「女性が少ないのが、なぜ問題なのですか?」
本書では、数学・物理学分野に進む女性が少ないという事実を問題にしています。この話を大学ですると、「女性が少ないのが、なぜ問題なのですか?」という質問を、大学院の学生からよく受けました。
ここには、進学に至るまでの経路が、個々人の自由意思で決められているという暗黙の前提があります。数学や物理学を研究するのに男性か女性かは関係ないので、特に若い人はこうした疑問を持つようです。
さらに若い男性からしたら、「女性ばかりが配慮されて、男性は何も配慮されないのだろうか?」といった疑問・反抗心も生じるのかもしれません。
しかし現実には、女性が優遇されるどころか、大きな格差が存在するままで、それが可視化されていないという状況が長く続きました。
「はじめに」でも触れましたが、複数の私立大学の医学部入試で、長いあいだ女子の点数が減点されていました。また、東京の都立高校普通科では男女で定員が別に設けられ、女子の合格基準点のほうが高くなる、ということも驚きの事実でした(都立高校の男女別定員は将来的に全廃する方針が出されています)。
若い男性と女性の間で「機会の平等」が保たれることは当たり前のことであり、ぜひこうした動きを当事者である若い人たちにも応援してほしいと思います。
問題は、一見すると、機会の平等が保たれ、自由意思で進路を決めているようであることにあります。女性が機会を失い不利益を被っていることの責任は個々人にではなく、無意識の重ね合わせの結果としての社会全体にあるのだと思います。
最近、女性を頭数だけで捉える「女性を増やす」という言い方には、躊躇を示す教員が多くなりました。
一方で政策的には、人材確保の観点から、理系女性に対する関心がさらに高まっています。2022年5月にも文部科学大臣が、女子生徒に理系進学を勧める発言をしました。男性で足りないので女性もよろしくといった態度はそもそも問題ですが、機会の平等を是正する良いタイミングでもあります。
見えない壁を取り払う必要性は常にあります。OECD諸国で女性の理系割合が最下位になり、とうとう文部科学大臣が女子生徒に理系に進みましょうと声かけをするまでの事態に至ったわけです。
女性であるだけで不利益を被る「無意識のバイアス」
現在、もっとも問題なのは、あからさまな差別ではない、無意識のバイアスです。例えば次のような例がよく知られています。
これは、オーケストラのオーディションを描いたイラストです。演奏者の姿がスクリーンで隠され、性別が分からないようになっています。このようなオーディションを「ブラインド・オーディション」と言います。
アメリカでは1970年~80年代、音楽学校の卒業生の45%が女性なのに対し、オーケストラに占める女性の割合は5~10%と、とても低いものでした。ところが、ブラインド・オーディションが導入されるようになったことで女性の合格率が上がり、今ではオーケストラのメンバーの半分ほどが女性になっている、と言います。
ブラインド・オーディションの実験を行った研究については、再現性に乏しいという批判もあるようですが、「無意識のバイアス」としては、とても分かりやすい例です。
研究の世界にも「無意識のバイアス」が
似たような事実は、研究者の世界でも多く指摘されています。執筆者が女性の名前だと、論文の査読が遅くなったり、厳しく審査されたりするなど、女性名であることによる不利益があるというものです。また、国際会議や研究集会などでも、座長が男性の場合、女性研究者が手を挙げても当てられなかったり、後回しになったりする、という現実もあります。
ちなみに、最近は、ジェンダー平等の意識が進んでいる組織では、座長を女性にしよう、会議では積極的に女性を指名しようといった指導があります。カブリIPMUでも、主催する会議に一定数の女性研究者がいないと差し戻しになります。
機会の平等が保たれていないという事実は、女性研究者たちによる研究によっても次々と明らかになってきています。その1つが、『ネイチャー・ジオサイエンス』という、地学の研究雑誌に載った報告論文です(Dutt and Bernstein, 2016 ※1)。
ここでは、「地学分野の研究者の中で、博士号授与者のうち女性は40%にのぼるが、任期なしのポジションに就ける女性はわずか10%に限られている」と書かれています。博士号授与者のうち女性が4割を占めるというのは、物理学分野と比較すると大きな割合ですが、無期限ポストに就ける女性が1割だ、というのはやはり衝撃的です。
原因の1つとして挙げられているのが推薦書(recommendation letters)です。推薦書は、研究者の就職の際に、きわめて重要な意味を持ちます。研究組織に応募する際には、通常、複数の推薦書を提出します。研究者の公募は国際公募が標準のカブリIPMUでも、6通必要です。さまざまな国の複数の教授から、自分はこれだけ評価されているのだ、と示す推薦書をもらい、応募時に用意する必要があるのです。
この論文では、教授がその推薦書をどれだけ熱意をもって書いているかを、文章の長さや、使われるキーワード等で評価した調査をまとめています。
その結果、女性研究者のほうが圧倒的に推薦書の文章が短いことが明らかになりました。つまり、推薦が熱心にされていないわけです。
研究者への評価として最も嬉しい言葉は、例えば「outstanding(非常に秀でている)」です。この単語が入っている推薦書は圧倒的に男性に多く、女性のほうにはそういう単語が入らずに「手先が器用だ」「真面目だ」「従順だ」といったジェンダーバイアスが感じられる言葉で埋められている、と報告されています。
バイアスを減らすアプローチ
天文学分野における女性研究者の研究提案の採択率についても、報告があります。天文学の研究者は、データを得るために望遠鏡の観測時間を確保することが重要です。しかし女性研究者のプロポーザル(提案書)の採択率が男性より低かったのです(Reid, 2014 ※2)。
そこで、アメリカ国立電波天文台(NRAO)では、審査委員会にジェンダーバランスの悪さについて伝え、審査員の男女比を改善しました。その結果、女性研究者の採択率は上がり、男性研究者よりもわずかに有利となりました。
NRAOはさらに、提案者も審査員も名前を隠すダブル・ブラインドで査読をすることによって、バイアスを減らすアプローチをとることにしています(Gareth et al., 2021 ※3)。こうした方法は、バイアスをなくすよりも、バイアスが入り込む余地をなるべくなくすアプローチをとっていることで注目に値します。
このように、たとえ能力が男性と同程度だとしても、女性であるだけで不利益を被る(「機会の平等」が保たれていない)場面は、教育現場や各種職業などでまだたくさんあるはずです。
ダブル・ブラインドはいつでも行えるわけではありませんが、最近は、研究者の採用にあたって、審査員に女性を入れる、事前にバイアスの講習を受けるなど、いろいろな手段を取り入れて改善につとめています。
※1 Dutt, K., Pfaff, D., Bernstein, A. et al. (2016). ‘Gender differences in recommendation letters for postdoctoral fellowships in geoscience’. Nature Geoscience, 9, 805-808.
※2 Reid,I.N.(2014). ‘Gender-based Systematics in HST Proposal Selection’. Instrumentation and Methods for Astrophysics. arXiv: 1409. 3528.
※3 Gareth Hunt, Frederic R. Schwab, P. A. Henning and Dana S. Balser (2021). ‘Gender Systematics in the NRAO Proposal Review System’. The Astronomical Society of the Pacific, 133(1029)
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この続きは幻冬舎新書『なぜ理系に女性が少ないのか』をご覧ください。
なぜ理系に女性が少ないのか
OECD(経済協力開発機構)諸国で、日本は最も理系女性が少ない国。女性学生の理科・数学の成績は世界でもトップクラスなのに、なぜ理系を選択しないのでしょうか。
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