2024年4月27日、東京千代田区の神田神保町に1軒の書店がオープンした。
書店の名前は「ほんまる神保町」。16坪の面積に364棚を揃えるシェア型書店である。
通常の書店では、取次経由で仕入れた新刊を店頭に並べることが多いが、「ほんまる」の仕組みは大きく違う。個人法人を問わず、誰でも棚主となって本を売ることができるのだ。この事業には佐藤可士和氏がクリエイティブディレクターとしてプロジェクトに参画しているという。
シェア型書店がどのようなものなのか、実際にお店の様子を見てもらったほうがわかりやすいと思う。後ほど、写真を交えて紹介していきたい。
オープン当日。大勢の報道陣が見守るなか、テープカットの中心にいたのはオーナーの作家・今村翔吾である。出版社や取次などたくさんの関係者から贈られた花が店頭に飾られていたが、その片隅には、友人として私が贈ったスタンドフラワーもあった。
私と今村さんとの付き合いは、デビュー前までさかのぼる。
2016年頃、会社員をしながら投稿生活を送っていた私は、新人賞の中間発表で「滋賀県・今村翔吾」という名前をしょっちゅう見かけることに気付く。時には、同じ新人賞で彼だけが先のステージへ進むこともあった。私はこの「滋賀県・今村翔吾」を仮想ライバルに設定し、受賞を目指して(そして打倒・今村を胸に)せっせと小説を書いては投稿した。
そして2017年3月、二人そろってKADOKAWAが主催する野性時代フロンティア文学賞(現在は小説野性時代新人賞と改称)の最終選考に残った。この年、受賞作は出なかったが、私は奨励賞をいただいた。賞金も出版もないものの、私は心底嬉しかった。なにせ、あの(!)今村翔吾を抑えての奨励賞である。
が、しかし。
その月、今村翔吾は『火喰鳥』(祥伝社文庫)で鮮烈なデビューを果たす。私は愕然とした。ついこの間まで、同じ新人賞で競っていたはずなのに……私がようやく単著を出すことができたのは、翌年の8月。野性時代フロンティア文学賞をリベンジ受賞し、その受賞作として『永遠についての証明』を刊行した。
初めて対面したのは私がデビューした翌年の初夏。文芸誌の企画で対談をさせてもらうことになったのだ。当時私は2冊目を刊行したばかり、今村さんは『童の神』(角川春樹事務所)で最初の直木賞候補になって間もない時期だった。
対談はおおいに盛り上がった。互いの投稿歴から、作品の共通点、これからなにを書いていきたいか、ということにまで及んだ。
最初に会ってから5年ほど経つが、その後、今村さんとはずっと同じ距離感で付き合いを続けている。たまにLINEで連絡を取り、年に数回は顔を合わせる。電話で聞かせてもらう彼の計画はいつも熱く、夢に溢れている。ちなみに、「直木賞を受賞したら全国の書店さんにお礼をしたい」ということは、かなり前から口にしていた。後に「今村翔吾のまつり旅」が実現した時は、こちらの胸も熱くなった。
前置きが長くなってしまった。ともかく「ほんまる」のことはかねてから聞いていたこともあり、早く訪れたいと思っていた。そんななか、この「あなたの書店で1万円使わせてください!」の協力先募集についてXに投稿したところ、今村さん本人からこんな反応があった。
岩井先生、きのしたブックセンター、佐賀之書店、ほんまる、3店舗それぞれでお願いします。笑
— 今村翔吾 (@zusyu_kki) April 22, 2024
こう言われたら、行かないわけにはいかないでしょう!
というわけでこの企画の第8弾は、「ほんまる神保町」に決まった。
* * *
5月某日、私は東京メトロ神保町駅に降り立った。
駅を出て2分ほど歩くと、特徴的なロゴが大書された店舗が見えてくる。壁やドアフレームには木目の美しい素材が使用されていて、遠くからでも一目で「ほんまる」だとわかるデザインだ。
そして、書店に来たからには本を買わなければならない。担当編集者氏と合流した私は、意気揚々と店内に足を踏み入れた。
本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート!
実はシェア型書店を訪れるのは、まったくの初めてである。
ちなみにスタッフの方いわく、棚はすでに8割程度が埋まっているとのこと。開業を発表した直後から契約申し込みがあり、オープン後はその勢いがさらに加速したようだ。申し込みを検討されている方は、お早めにどうぞ。
各棚には、「お散歩ブック」や「秘境探訪書店」、「大人への寄り道」など、工夫を凝らした名前がつけられている。和泉桂さんや鳴神響一さんなど、プロの作家が棚主になっているケースもちらほら。
俳優の高橋光臣さんら、著名な方の棚もいくつか発見。
個性的な品ぞろえの棚は、見ているだけで面白い。
たとえば、「人間失格」という棚には、本当に太宰治の「人間失格」にちなんだ本だけが並んでいる。「吾輩は猫である棚」には、夏目漱石「吾輩は猫である」関連の本ばかりが揃っていたりもする。
法人の棚は、集英社や小学館、早川書房などの出版社が多いものの、「新生紙パルプ商事株式会社」などそれ以外の業種も見かける。
なかでも目に留まったのは、「光和まねきねこどん」の棚。この棚は光和コンピューターという企業の社員さんが選んだおすすめの本を揃えているとのことである。
気になったのは、トマス・モリス著/日野栄仁訳『爆発する歯、鼻から尿 奇妙でぞっとする医療の実話集』(柏書房)である。
インパクトがありすぎるタイトル、そして「実話集」という言葉が気になる。実話ということは、本当に歯が爆発したことがあったのだろうか? 考えるほどに謎は深まるばかりだ。
ということで、今日の1冊目は謎を呼ぶこちらに決定。
普通の新刊書店ではジャンル別に本が並んでいるが、そういった規則がまったくないところが、かえって面白い。棚から棚へと視線を移すたびに、意外な出会いがある。
踏み台もあるので、上の方の棚にも手が届く。
各棚を物色していると、「るつぼる堂」にあった一冊の本に視線が奪われた。松村圭一郎『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)だ。実は、松村さんの著書は買ったまま積んである本が一冊ある。書名を見た瞬間、まさに「うしろめたさ」を感じた。
目次を見てみると、冒頭に〈エチオピアから日本を見る〉という節があった。贈与や公平といったキーワードにも興味を引かれた。
今度こそ読むぞ、という決意をこめて、2冊目はこれに決定。
続いて、地下へ行ってみることに。
地下にもびっしりと棚があった。地上よりやや薄暗いが、個室のような感覚があり、かえって集中できるかもしれない。
台に上ってみると、プロ作家の千葉ともこさんの棚を発見。
棚の数だけ、偏愛やこだわりが溢れているのが面白い。
そんななか、藤原新也『メメント・モリ』(朝日新聞出版)に惹かれて手に取る。
藤原新也は以前、NHKの特集で見て興味を持っていた。ページをめくってみると、強烈な印象を放つ写真に、独特の香気を持つ文章が組み合わされている。
3冊目は、写真集とも詩集とも言えない、無二の一冊に決定。
地上に戻って、見逃していたところを再度チェック。
真っ先に気になったのは、「猫と積読」にあった伊澤理江『黒い海 船は突然、深海へ消えた』(講談社)。
高い評価を受けているノンフィクションだということは知っていたが、なんとなく今まで読んでいなかった。だがこういうところで出会ったのも縁である。今日の4冊目は、3冠ノンフィクションのこちらに決定。
その直後、書名からいい空気を醸しだしている一冊を発見。保阪正康『テロルの昭和史』(講談社新書)だ。
帯には〈三月事件、血盟団事件、五・一五事件、神兵隊事件、永田鉄山刺殺事件、死のう団事件、二・二六事件……。〉と、思いつく限りの昭和テロ事案が列挙されている。ありそうでなかった着眼点で、これは「買い」である。
というわけで、5冊目はこちらに決定。
なんとなく、あと1~2冊は買えそうである。
レジ横にも棚があるため、そちらに移動してみることに。
下部の棚では、グッズの販売も行われていた。鉛筆や消しゴム、手ぬぐい、トートバッグなど、品ぞろえは多様である。
本を見ていると、「YOKOBOOKS」の棚で異彩を放つ本を見つけた。オリガ・グレベンニク著/奈倉有里監修/渡辺麻土香、チョン・ソウン訳『戦争日記 鉛筆1本で描いたウクライナのある家族の日々』(河出書房新社)だ。
サブタイトルの通り、鉛筆だけで、戦争中の避難生活や国外への脱出の様子が記されている。地下室でチェスをし、隣家にミサイルが落ち、ワルシャワのホテルへ逃亡する。鉛筆というシンプルな筆記具で記述されることで、それが彼女たちにとってはまぎれもない日常であることがひしひしと伝わってくる。
今日最後の1冊は、こちらに決定。
今日は6冊でフィニッシュ。珍しく、小説は1冊もなし。この企画では初めてかも?
お会計のため、ハッピを着たスタッフさんに本を渡す。ちょっと1万円には足りないような気もするが……どうなるか。
さあ、総額は。
ドン。9,174円。
あ、危ない! あとちょっとで9,000円を割るところだった。しかしなんとか、今回もルールは守ることができた。
最後は特別にハッピを着て、記念写真を撮らせてもらいました。普段着ないせいか、なんとなくテンションが上がる。
ポスターには「何時一冊書重與細論文」の言葉が。杜甫の「何時一樽酒重與細論文」からの造語だろうか。「いつか一冊の本を前にして、またともに文を細かく語り合いたいものだ」とでも、解読できるだろうか。本を介して人が集う「ほんまる」の趣旨に沿った、素敵な言葉である。
今回、初めてシェア型書店というものに来てみたが、その多様性は想像以上だった。人の本棚を覗いているような感覚もあり、本の森に分け入るような趣きもある。一般的な新刊書店では出会いにくい、刊行年度の古い本や少部数の本もあるのが面白かった。
「ほんまる」は、全国47都道府県への展開を目指しているという。これを読んでいるあなたの街に「ほんまる」がオープンするのも、そう遠い日ではないかもしれない。
* * *
最後に。
この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。
「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・トマス・モリス著/日野栄仁訳『爆発する歯、鼻から尿 奇妙でぞっとする医療の実話集』(柏書房)
・松村圭一郎『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)
・藤原新也『メメント・モリ』(朝日新聞出版)
・伊澤理江『黒い海 船は突然、深海へ消えた』(講談社)
・保阪正康『テロルの昭和史』(講談社新書)
・オリガ・グレベンニク著/奈倉有里監修/渡辺麻土香、チョン・ソウン訳『戦争日記 鉛筆1本で描いたウクライナのある家族の日々』(河出書房新社)
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文豪未満
デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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