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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2024.06.12 公開 ツイート

午前9時の布団から「自分推し」について力説する カレー沢薫

朝起きると、自宅近くの駅がトレンドに挙がっていた。

我が村の駅が全国トレンドに挙がるなど「火の海」レベルの事故しかありえない。

今すぐ疎開の準備をはじめねばと思ったが、その近辺で某有名男性アイドルグループのイベントを行うという暴挙が行われたため、それに参加したファンたちが無事帰路を失い、駅に大量の帰宅難民が発生したという話だったので胸をなでおろした。

当人たちや、その対応に当たった人にとってはただ事ではないと思うが、この駅がトレンドに挙がっているのを見た地元民の多くが「死傷者多数」を想像したと思うので、それに比べれば「帰宅難民大量」は平和な方である。

駅員たちが物資を配るなど対応に追われたらしく、迷惑をかけたとしてX上では軽く炎上状態であったが、私としては、それはそうなるであろうという感じで少なくとも驚きはなかった。

むしろ「そんなことをしたら山神様の怒りに触れるぞ!」と都会者に忠告して無視された村の変わり者ババアが、その通りになってそれ見たことかと、燃えさかる山と人を前に小躍りして一緒に燃えていく感じの得意満面ですらあった。

言わば映画八甲田山で北大路欣也扮する軍の大尉に「この村でファンクラブ100万越えのグループのイベントをやった者はおるか?」と問われ「そんなバカ者はいねえ、この村は22時以降人を帰さねえ交通の地獄だ」と苦言を呈する「村長(むらおさ)」ポジである。

このイベント開催の話を聞いて村長(むらおさ)と化す地元民は多かったので、少なくとも私は帰れなくなった人たちを責める気にはなれず、むしろこの事態を予想できていたのに、なぜ村をあげて帰れなくなった人たちを5000円で素泊まりさせるビジネスをしなかったのか、そういう勘の悪さがこういう新幹線が通っているだけの僻地を生み出したのではないか、と申し訳ない気持ちすらあった。

しかし、ネット上ではやはり運営の不手際、そしてちゃんと帰る算段をしていなかったファンを責める声が大きかった。

だが、本当に行きのチケットだけ握りしめて来た背水のファンは少数派だろう、多くはイベント終了時刻と帰りの新幹線の時刻などを調べ、理論上帰れる算段をしてきたのではないかと思う。

しかし、八甲田山も理論上は1日目に田代温泉に着く予定で200人ぐらい死んでいるのだ。そのぐらい自然というのは人の予想を超えており、我が村の交通が八甲田レベルに死んでいたら準備など無意味である。

上層部に「八甲田で演習をやるけどちゃんと生きて帰れる」と言われたら、兵卒たちはそれを信じて従うのみだ。

よって、責めるとしたら徳島隊レベルの準備をせずに冬の八甲田でイベントをやってしまった運営であり、実際その後運営側が謝罪したようだ。

しかし、ファンを責める声も多く「こういうファンがいるとグループにも迷惑がかかる」という話にもなってしまっていた。

推し活界隈では、1人クレイジーゴナクレイジーがいると、〇〇のファンは民度が低く界隈全体がゴッサムシティ化しているという、主語の膨張現象が良く起こる。

むしろ「推しに迷惑」という錦の御旗で他ファン脇腹を刺しまくって治安悪化に一役買っている場合もある。

一部がそうだからと言って全部がそう、ということはまずないのだが、ファンの行動が推しに悪影響を与えてしまうことがある。

よってファンは推しの為を思うなら、まずお行儀を良くしなければならず、推しの顔が全面にプリントされた痛車で信号無視をするような真似をしてはいけない。

しかし、恐縮しすぎて推さない、というのも却って悪影響である。

ファンが全員、帰宅難民化してグループのイメージを悪くすることを恐れ参加を断念し、会場が何か知らんけど何かやっているから来た地元民のみで構成されているのもグループにとっては厳しいだろう。

むしろ死地レベルの僻地でも馳せ参じてくれるファンがいるというのはありがたいことである。

そこまで心配せずともよほど暴れなければ、推しや界隈全体に影響を及ぼすことはないと思うが、自分の一挙一動がすぐ推しに影響するジャンルがある。

それが「自分推し界隈」だ。

実は現在猛烈に風邪を引いた状態で原稿を書いている。

四十路を越えてから「自分推し」を掲げて来たが、推し方が甘かったようだ。

もちろん、ファンの言動関係なく、推しが不倫や刑事事件を起こすことがあるように、どれだけ体調に気を付けていても風邪を引く時は引く。

しかし、風邪を引いているのに寝ずに仕事をしているというのは、体調不良で舞台が中止になった推しに「楽しみにしていたのに」となじるDMを送るぐらい自分を推せていない。

逆に言えば自分推しほど「手ごたえ」を感じられるジャンルはないのだ。

前日化粧を落とさず寝たり、いいちこを1杯飲み過ぎただけで、次の日大炎上しているナイーブすぎるジャンルだが、これほど推し甲斐があるものはないし、「同担0」も珍しくないジャンルだ。

他の推しは、自分が推さずとも別の誰かが推してくれるかもしれないが、自分を推すのは自分しかいない。

「俺」というジャンルを終焉させないためにためにも、現在午前9時だが、今から寝る。

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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