57歳で家を飛び出し家政婦に! 派遣された家々では驚きの出来事が…!? 「家政婦 金さん」こと石川金さんによる衝撃の実話エピソードが詰まった書籍『家政婦 金さんのドラマみたいな体験日記』より、一部を抜粋してお届けします。
「出張マッサージ」のチラシを見つけた奥様
ある日の午後、ポストに入っていた小さなチラシを見た奥様。
「この“マッサージ出張いたします”って広告、本当に家まで来てくれるのかしら? お店に行くのも面倒だから来てくれたら便利だわ。予約できるか、電話かけてみてくれる?」
とおっしゃいました。
住み込みでお仕えしていた奥様は70歳、コンビニにも行かれたことのないようなお嬢様で、とても優しく上品な方です。
「はい……でもこれはマッサージといっても本物ではないかもしれないですが」
「えっ、マッサージに偽物と本物があるの?」
「はい、あるようです」
「一体どこが違うのかしら。とにかく一度、呼んでみましょうよ」
奥様たってのご希望ですので、私は早速電話しました。
「こちらは高齢ですから、指圧ではなく揉みほぐしの上手なマッサージ系で、女性の方をお願いします」
2時間後に来てくれることになりました。
「奥様、上手な人に当たるといいですね」
「あら、プロだから皆さんきっと上手いわよ」
やって来たのはミニスカートのギャル
さて夕方になって、チャイムが鳴りました。
「ご予約いただいたミラクルロージーです」
早速玄関に行き、ドアを開けてみるとそこには、茶髪のロングヘアに金色の大きなフープピアス、ミニスカートにハイヒールの女の子が大きなバッグを抱えて立っています。マッサージによく行く私にとって、マッサージ師さんといえば白衣。そこへギャル。予想外すぎる姿に思わず、
「はい……?」
と言うのがやっとでした。するとギャルは、
「ご予約いただいたミラクルロージーから参りました。よろしくお願いいたします」
礼儀正しい。しかしこれは、私たち賭けに負けたのではないかしら。でももしかして着いてから着替えるパターン? と、期待は捨てずに、
「どうぞ」
とスリッパを勧めると、彼女は持参した靴下をはいて上がりました。うんうん、白衣も持ってるかも。奥様は和室に敷いてある布団の横の、低めの椅子でお待ちです。
「奥様、マッサージの方です」
紹介すると、彼女は自分から、
「こんばんは。お電話ありがとうございました。アキと申します。よろしくお願いします」
礼儀正しい。さすがに奥様も一瞬戸惑ったお顔をされましたが、
「あらご苦労様、よろしくね」
するとアキさんは布団のそばにしゃがみ、バッグの中をガサゴソし始めました。ああ白衣着るとかズボンにはき替えるとか……とホッとしかけましたら、出てきたのは大きな青いビニールシートでした。ああ! アキさんはそれを布団に広げようとしています。
「アキさん、お布団にはもうタオルシーツが敷いてあるから大丈夫よ」
私が止めると、
「はい」
アキさんはシートをバッグにしまって、そのまま奥様に、
「ここにおやすみください」
と言います。
「あの、俯せとか横向きとか仰向けとか言わないとわからないですよ」
また私が言うと、アキさんは、
「どっちでもいいです」
どっちでもよくありません。「ギャル」に価値があるといってもですよ。
「それは困りますよ、マッサージする順番があるでしょう?」
何十年もいろんなお店で揉んでいただいてきた私、マッサージにはちょっとうるさいのです。どうにも見ていられず、口を挟んでしまいました。続けて、
「奥様、どこが凝っているのかおっしゃってください」
「首と肩こりが酷いのよ」
「では横向きになってください」
私が奥様に指示するなんて考えられないことですが、仕方ありません。
家政婦・金さんのマッサージ指導
「アキさん、まず首から肩にかけて軽く揉みほぐして……横向きならやりやすいでしょ。力加減も伺って調整してね」
普通、首などには必ずタオルを使うのに用意していないようです。なのでタオルを持ってきて、
「これを使って。手が滑らなくていいですからね」
「はい」
しかしどう見ても首と肩を優しく撫でているだけです。そもそもオレンジ色の爪が長いこともあって、しっかりとは揉めないのです。
奥様が、
「もっと強くしてもいいのよ」
とおっしゃると、
「はい」
と返事はするのですが、動きに変わりはありません。私は、たまらず聞きました。
「アキさん、経験はどのくらいですか?」
「2年目です」
「マッサージの指導は受けました?」
「……はい」
「お客様にもっと強くって言われません?」
「いえ、別に……私の場合、かなり高齢の方が多いのでこの程度でいいみたいです」
「あのね、奥様はご高齢といってもまだ70歳なんですよ。こんなさすり方ではマッサージとは言えないです。私がこれから見本を見せますから」
そう言って手を伸ばすと、アキさんは自分の手を引っ込めました。
「まず首にタオルを当てて、首筋を軽くつまむ要領で上から下、下から上へと動かすの。やってごらんなさい」
「はい」
「もう少し、力を入れて」
「はい」
素直。素直な子は伸びます。ですが、
「奥様、練習台で申し訳ないです」
「いいのよ」
寛大。寛大な方は慕われます。
「じゃ、次に肩は腕の付け根から5センチくらいの、首寄りのところを指で押しながら、肩甲骨の内側を揉みほぐす。そして背骨の両側に指先を入れて、骨をつかむ感じで。背中から腰のこの辺りまでね。腰のツボはここだからね」
「はい」
返事はいいのだけれど、やはり爪が邪魔して上手くはいきません。
「もっとここはこうして……」
とやっているうち、ほとんど私がマッサージすることに。アキさんはそれを見ながら、
「あの、マッサージお上手ですね」
私は揉みながら、
「アキさんもプロでしょう? もっと勉強しないと。この業界も競争が激しいでしょう?」
と言うのですが、
「えー……、でもそこまでは……」
アキさんは苦笑いするばかりでした。
1時間ほど私がマッサージした後、彼女にお支払いして終了。
奥様は、
「あなたが『偽物』って言った意味がわかったわ。勉強しないでやっているのね」
よく考えれば、マッサージが偽物であっても「ギャルのマッサージ」としては本物ですから、私たちが頼む先を間違えたということだったのでしょう。
「でも金さんは家政婦を辞めてもすぐ就職できそうね。芸は身を助く、よね」
アキさんと同じ事務所では無理そうですが、しっかり揉みほぐすマッサージならいつでもご指名くださいませ。
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