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文豪未満

2024.07.12 公開 ポスト

あなたの書店で1万円使わせてください ~八重洲ブックセンター京急上大岡店~岩井圭也(作家)

神奈川県民になって10年になる。

かつては県内にある別の市に住んでいたが、今は横浜在住である。県内にはサイン本を置いていただいたり、新刊刊行の際に挨拶させてもらったりと、お世話になっている書店さんが多数ある。

にもかかわらず、である。

 

「あなたの書店で1万円使わせてください」という企画がはじまってから、過去8回。これまで舞台となったのは、東京、大阪、滋賀、福井、北海道。なんと、いまだ神奈川県内の書店を訪問していないのだ。

これはまずい。何がまずいのかよくわからないが。

神奈川は私にとって地元である。出身地の大阪を除けば、最も長く住民票を置いている都道府県なのだ。当然、紹介したい書店さんもごまんとある。第9回となったが、ここらでいい加減……という思いがあった。

そんなことを考えているなか、今年の3月に県内でサイン会を開く機会をいただいた。柴田よしき先生、鳴神響一先生と3名での合同サイン会だ。会場は、横浜市港南区にある八重洲ブックセンター京急上大岡店さん。こちらのお店では、ほぼ新刊が出るたびにサイン本を置いてくださっている。

サイン会に乗じて、私は旧知のKさんにこの企画を切り出してみた。Kさんなら、この企画を面白がってくれるのではないかという下心からだ。

「あのう、書店さんで1万円分、本を買わせてもらう連載をやってまして……」

話を聞いたKさんは、あっさり「あ、面白いですね」と応じてくれた。やったぜ。私のこすい狙いは、見事に的中した。Kさんは諸方面に確認を取ってくださり、後日、正式にOKの返事をいただいた。

というわけで、第9弾の舞台は初の神奈川県内、八重洲ブックセンター京急上大岡店さんに決まった。

* * *

そもそも、上大岡とはどんな街か。県外の方にはあまり耳なじみがない名前かもしれない。

実は上大岡は、近年住みたい街として人気が高まっている。駅周辺は開発が進み、大型の商業施設が多数ある。京浜急行と横浜地下鉄(ブルーライン)が乗り入れており、横浜駅へのアクセスもいい。「ねとらぼ」が2024年5月に実施したアンケートによれば、神奈川県で住みたい街ランキング1位は「上大岡」となっている。その他の類似アンケートでも、軒並み上位に食い込んでいるようだ。

八重洲ブックセンター京急上大岡店は、上大岡駅に直結している。京急百貨店の6階にあり、その広さは330坪に及ぶ。

編集者氏と訪れたのは、6月某日の昼下がり。平日だが、店内は棚を物色する人々で賑わっていた。さすが、神奈川県で住みたい街1位。サイン会の時にも感じたことだが、店内には常に人気があり、活気で溢れている。

バックヤードでKさんをはじめスタッフの皆さんにご挨拶してから、いよいよ店内に繰り出す。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート!

あぶない刑事と石川祐希選手にはさまれて。

こちらの画像にも写っているが、今、横浜では「あぶない刑事」が熱い。DVDコレクションが創刊されたり、雑誌「散歩の達人」がコラボしたりと、書店の店頭も「あぶ刑事」で賑わっている。

賑わっているといえば、バレーボールもそうだ。日本代表の活躍が毎日のように報じられているが、この日は石川祐希選手の『頂を目指して』が刊行された直後だった。店頭にはサイン色紙やサイン入りのバレーボール、等身大パネル、などが展示されていた。隣に立ってみると、そのスタイルに圧倒される。

石川選手と手の大きさを比べる。

少し進んだところで、ちくま文庫のフェアが展開されていた。つい足を止めて、パラパラとページをめくる。

『「聴く」ことの力』も面白そう。

特に興味を引かれたのは、井上ユリ編『井上ひさしベスト・エッセイ』(ちくま文庫)だ。何を隠そう、井上ひさしは大好きな作家の一人である。『吉里吉里人』『手鎖心中』など小説作品は好きで色々と読んできた。ただ、エッセイはまだ1、2冊しか読んでいない。

井上ひさしは膨大な数のエッセイを残しているため、片端から読んでいたら時間がいくらあっても足りない。そういうわけで、「ベスト・エッセイ」と銘打たれている本書は心強い。「とりあえずここから読めば大丈夫!」。そんな力強い声が聞こえてきそうだ。

というわけで、今日の1冊目はこちらに決定。

「ベスト」に弱い。

次に足を止めたのは、そのお隣。「本の雑誌社」創刊50周年(来年)フェア、と銘打たれている。50周年ちょうどじゃないけど、そんなことは別にいいのである。融通無碍な謳い文句が、いかにも本の雑誌社らしい。

よく見ると、サイン本が山のようにある。ざっと20~30タイトルはあるだろうか。これだけのサイン本、作成するだけでものすごい労力だったはずだ。「著者サイン本」がずらりと並んだ様子は壮観である。

面白そうな本が一杯。​​​​

なかでも、異様さを放っていたのが青木正美『文藝春秋作家原稿流出始末記』(本の雑誌社)である。「作家原稿流出」の6文字があまりに不穏すぎる。オビにはこんな一文が記されている。

私が買った『砂の女』の自筆原稿はどこから現れたのか

えっ、どういうこと? 『砂の女』ってことは、安部公房の原稿が流出しちゃったってこと? ヤバくない? あの安部公房でしょ? 始末書で済むの? 他人事ながら、担当者のメンタルが心配になる。

どうしてもその経緯が知りたかったので、2冊目はこちらに即決。

担当者の精神が無事であることを祈る。

続いて視線を奪われたのが美術・芸術のコーナー。かなりの「仏像推し」に、思わず本を手に取る。

仏像関連の本ってこんなにあるのね。

よく見るとこちらのコーナー、かなりの充実ぶりである。アート関連の本からデザイン関係、塗り絵まで、幅広くカバーしている。あまりじっくりと見たことがない種類の棚で、面白い。

姿勢が悪い。

『デイヴィッド・ホックニー 表面の深度』という本が気になるが、4,290円という価格を見て怯む。予算の半分近い額である。さすがに手が引っ込んだ。ただ、アーティストに関する本が読みたい気分ではある。

どうしようかなあ。

そんななか、東山魁夷『風景との対話』(新潮選書)に目が留まった。

「対話」というのがいい。東山魁夷といえば、風景画の巨匠である。国民的画家が、どのように対象物である風景と対話し、絵を描いていたのか。少し読んでみると、気負いのない、それでいて格調の高い文章である。

書店でなければ、きっと遭遇しなかった一冊だ。出会いに感謝しつつ、3冊目はこれにすることにした。

帯には原田マハさんの推薦文も。

さらに店内を歩きまわる。

アニメ・声優関連の雑誌も豊富。

ライトノベルコーナーには、宮田俊哉さんのサイン入り『境界のメロディ』ポスターが掲示されていた。

今月の新刊がずらり。

そのまま流れで文庫コーナーへ。大型の棚に話題作がぎっしりと詰め込まれていて、品ぞろえバッチリだ。

映像化作品で壁が作られている。

ただ、一つ一つ立ち止まっていたら時間がいくらあっても足りない。いったん文庫は横目で見ながら、どんどん奥へと進む。

上大岡とあって京急関連の本がたくさん。

横浜に関する本がまとめられているゾーンもあった。『横濱麦酒物語』『ディープヨコハマを歩く』といった本が並んでいる。

平台には『発掘写真で訪ねる 横浜市古地図散歩』も。

こちらのお店は、スターバックスコーヒーと隣接している。そのため購入した本を、隣のカフェですぐに読むことも可能だ。

『科学漫画サバイバル』シリーズが大展開されていた。

さらに進むと、あるレシピ本がドンと積まれていた。小田真規子著/スケラッコ絵・マンガ『23時のおつまみ研究所』(ポプラ社)である。

おいしそうだなあ……。

我が家では、私が食事の準備を担当しているのだが、最近おつまみのレパートリーが固定化している。だいたい冷凍食品のポテトや揚げ物に頼ることになり、それはそれでおいしいのだが、たまには自分で作ったおつまみを食べたい日もある。けど、面倒なのはいや。この本なら、そんなワガママに応えてくれそうだ。

合間に挟まれているマンガも面白い。今日の4冊目はこちらに。

裏には同じ作者による『午前7時の朝ごはん研究所』も積んであった。

児童書コーナーも広々として居心地がいい。

樹木のような棚は存在感がある。

ところどころにあしらわれている小鳥のようなキャラクターは、八重洲ブックセンターの公式キャラクター「やえちゃん」である。オカメインコの女の子らしい。手にしているのは三つ葉のクローバーで、「頭のハートにそえると幸せの四葉になる」のだ。なるほど~。

再び文庫の棚に戻り、じっくりと物色。

ハヤカワ文庫は面白そうな本ばかり。

SFを読みたい気分だったが、1冊の本を見た瞬間に「おお!」と声が出た。テッド・チャン著/大森望訳『息吹』(ハヤカワ文庫)である。前々から読みたいと思っていたのだが、買い逃していた。

ここで会ったのも何かの縁だ。5冊目はこちらに決定。

「人間以外に、人間をみる」

文庫の棚は出版社別に分かれている。なんとなく歩いているうちに岩波書店のコーナーへ。

岩波文庫の充実ぶり!

いくつかの本が面陳されていたが、そのなかの柳宗悦『民藝四十年』(岩波文庫)に自然と手が伸びた。最近読んだ『自分の仕事をつくる』という本に、息子である柳宗理さんへのインタビューが掲載されていたからかもしれない。

正直にいって、柳宗悦についてはほとんど知らない。民藝運動を提唱した人物、という程度の認識しかなかった。そもそも民藝運動についてもよくわかっていない。これを機に、ちゃんと柳氏の思想に触れてみたくなった。

というわけで、本書を6冊目に選定。

どこを見ている?

レジ前には、ジャンルを問わず話題の本が積まれている。

2059冊!

あと1冊くらいは何か買えそうだ。

レジ前の周辺を見ていると、「知っていますか? Wikipedia3大文学」というポップが目に飛びこんできた。新潮文庫の拡材(拡販材料)らしい。調べてみると、Wikipedia3大文学というのはWikipediaのなかでも特に読み応えがある人気記事のようだ。「八甲田雪中行軍遭難事件」「三毛別羆事件」「地方病(日本住血吸虫症)」の3つが、それにあたるという。

そして、新潮文庫からは各々と深いかかわりがある本が刊行されている。新田次郎『八甲田山死の彷徨』吉村昭『羆嵐』、そして今年4月に文庫化された小林照幸『死の貝 日本住血吸虫症との闘い』がそれである。

八甲田山の死の行軍や三毛別の熊害については、テレビなどでも扱われる機会があるため少しばかり知っている。ただ、日本住血吸虫症については何ひとつ知らない。内容紹介によれば、〈古来より日本各地で発生した「謎の病」〉だったという。謎の病! うーん、気になる。

価格がお手頃だったこともあり、今日最後の1冊はこちらに決定!

文庫化に際して著者による補章も加えられている。

これで買い物は終了。今回は7冊を選んだ。

多彩な顔ぶれ。

これらの本をレジに持っていき、いざお会計。

さあ、どうなるか。

今回の総額はこちら。ドン。

毎度有難うございます。

9493円。もうちょっと攻めてもよかった気もするが、OKとしよう!

買い物にかかったのはおよそ1時間強だったが、その間、店内にはお客さんがひっきりなしに出入りしている印象だった。地元の方々から愛されているのが、ひしひしと伝わってくる。常に活気のある八重洲ブックセンター京急上大岡店は、これからも末永く、上大岡の人々に愛され続けることだろう。

* * *

最後に。

この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。

「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(@keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。

それでは、次回また!

今回買った本

  • 井上ユリ編『井上ひさしベスト・エッセイ』(ちくま文庫)
  • 青木正美『文藝春秋作家原稿流出始末記』(本の雑誌社)
  • 東山魁夷『風景との対話』(新潮選書)
  • 小田真規子著/スケラッコ絵・マンガ『23時のおつまみ研究所』(ポプラ社)
  • テッド・チャン著/大森望訳『息吹』(ハヤカワ文庫)
  • 柳宗悦『民藝四十年』(岩波文庫)
  • 小林照幸『死の貝 日本住血吸虫症との闘い』(新潮文庫)

関連書籍

岩井圭也『プリズン・ドクター』

奨学金免除のため、しぶしぶ、刑務所の医者になった是永史郎(これなが しろう)。患者たちにはバカにされ、ベテランの助手に毎日怒られ、憂鬱な日々を送る。そんなある日の夜、自殺を予告した受刑者が、変死した。胸をかきむしった痕、覚せい剤の使用歴……これは自殺か、病死か?「朝までに死因を特定せよ!」所長命令を受け、史郎は美人研究員・有島に検査を依頼するが――手に汗握る、青春×医療ミステリ!

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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。

そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。

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岩井圭也 作家

1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュ ー。著書に『夏の陰』( KADOKAWA)、『文身』(祥伝社)、『最後の鑑定人』(KADOKAWA)、『付き添う人』(ポプラ社)等がある。

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