大人の女には、道をはずれる自由も、堕落する自由もある――。7月3日に発売された『小泉今日子と岡崎京子』は、社会学者の米澤泉さんが読み解く、ふたりのキョウコ。彼女たちを通して見えてくるものとは? 「はじめに」を抜粋してお届けします。
かつて望んだ未来にあなたは今立っているだろうか
小泉今日子と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか。キョンキョン、1980年代を代表するアイドル、歌手、俳優、エッセイスト、アーティスト、プロデューサー……その肩書きは多岐にわたり、人々が思い描くイメージはさまざまだろう。
80年代にデビューしてから40年以上もの間、小泉今日子はアイドルを出発点に多種多様な活動を行ってきた。それは松田聖子が永遠のアイドルとして変わらずに歌手活動を中心に据えているのとは対照的である。松田聖子はアイドルでありながら、結婚も出産も行い、欲しいものをすべて手に入れたとして、女性たちの憧れの的となった。仕事も夫も子どもも美貌も……欲望に忠実な松田聖子の生き方は80年代以降の女性たちの理想のライフコースとなり、数々の松田聖子論を生み出すこととなった。
一方、小泉今日子はどうだろうか。結婚はしたけれど母にはなっていない。現在は独身である。松田聖子のように「すべて」を手に入れたわけではないが、手に入れていないからこそ、逆に女性たちに支持されている。30代から40代にかけて、小泉今日子は、妻や母という役割にとらわれない「大人女子」を謳うファッション誌のイメージモデルであった。結婚や出産以外の、妻や母になること以外の生き方を示すことで、自分の足で立ち自由に生きる女性という新たな「オトナのオンナ」モデル──妻、母以外の新しいライフコースを見えるかたちで具現化したのだ。
現在、50代後半となった小泉今日子は、加齢に対する新しい価値観を提唱する「Aging Gracefully(エイジンググレイスフリー)」プロジェクトのアンバサダーを務めるなど、「老後」にまつわるネガティブなイメージを払拭すべく活動すると同時に、女性の生き方やフェミニズムに関する発言も積極的に行っている。
このように、小泉今日子は女性たちに長年支持され、その生き方に影響を与えているにもかかわらず、彼女自身の生き様をクローズアップされたり、女性のライフコースという視点で語られたりすることがほとんどなかった。
それは、アイドル時代からの「型破り」というポジションのせいでもあるだろうし、松田聖子のように華々しくライフイベントを世間に公言し、妻イメージを植え付けなかったことも関係しているだろう。しかし、その生き様を知れば知るほど、小泉今日子ほど「女性が生きていく」ことと真剣に対峙し、世の中に向かって声を上げてきた元アイドルはいないのである。
そこで本書は、今まであまり語られることのなかった小泉今日子の生き様に焦点を当てる。型破りのアイドルから「大人女子」を経て、自称フェミニストを名乗るまで。妻、母役割にとらわれない新たな「オトナのオンナ」のモデルはいかにして形作られていったのか。
その原点に立ち返るために、本書ではもう一人の「キョウコ」にもご登場願う。それはマンガ家の岡崎京子である。岡崎京子は、80年代から90年代の前半にかけて『東京ガールズブラボー』『リバーズ・エッジ』『ヘルタースケルター』など時代精神を浮き彫りにする作品を次々と発表し、「岡崎京子は不滅である」(『文学界』2018年3月号)といった高い評価を得ている。
しかし、岡崎の評価すべき点はそれだけでない。従来の少女マンガという枠組みを逸脱した岡崎は、80年代から作品を通して新たな大人の女性の生き方、ライフコースを模索していた。常に「一人の女の子の落ちかた」を描くことで、新たな「オトナのオンナ」のモデルとはどのようなものか、女性が自由に生きるにはどうすればいいのかを考え続けていたのである。
ただ残念なことに、岡崎は不慮の事故により、90年代半ば以降新たな作品を発表することができなくなってしまった。種は蒔いたけれども、その花を自らの手で咲かすことはできなかった。
そこに現われたのが小泉今日子である。結論を先取りするならば、20世紀末に岡崎が蒔いた種を21世紀になって小泉が開花させたのではないか、というのが本書の見立てである。型破りのアイドルと少女マンガを超えたマンガ家。この二人にどんな関係があるのか、どのように結びつくのか。アイドル界とマンガ界、それぞれの世界に風穴を開けた二人のキョウコを軸に、80年代から現在までの女性たちの生き方をたどってみたい。
この間に女性たちは、どれぐらい自由になったのか。生き方の可能性を広げられたのか。
そしてあなた自身は、少女の頃思い描いたように生きているだろうか。かつて望んだ未来にあなたは今立っているだろうか。
小泉今日子と岡崎京子──二人のキョウコとともにその答えを探してほしい。
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つづきは、『小泉今日子と岡崎京子』でお楽しみください。