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うかうか手帖

2024.07.09 公開 ポスト

あなたの目的はなんですか?益田ミリ(イラストレーター)

もう、並ぶしかあるまい。並んでみようじゃないか。

 

いつ店の前を通っても「本日完売」しているお菓子を買うため、わたしは朝食もそこそこに電車に乗った。

新宿伊勢丹に到着した。開店30分前だ。地下鉄からつづく入り口に数人の客が並ぶというよりモヤッと集まっていた。わたしもモヤッと集まっておく。

ここでモヤッとしていてよいのだろうか?

不安になり地上の入り口も偵察に行く。20人くらい並んでいた。もしやこれは、わたしが本日買おうと思っている富士見堂の「あんこ天米」の行列ではないか?

「この行列はなんですか?」

最後尾の女の子に聞いてみた。

「伊勢丹の開店を待つ列じゃないですか?」

という答えが返ってきた。わたしが聞きたかったのは、あなたの目的はなんなのですか? であるが、そんな個人的なことを彼女がわたしに答える必要はないのである。

とにかく、この人の後ろに並ぼう。日傘をさし、水筒の麦茶を飲みつつ待つ。わたしの後ろにどんどん人が増えていった。

開店時間がきて列が動いた。デパ地下への階段をゆるゆる下っていると、ふたりの女性に追い抜かれた。彼女たちはわたしが狙っている店とは違う方向に走って行った。わたしの前に並んでいた子もどこかに消えて行った。どうやら全員がライバルではないようだ。それぞれの「食べてみたい」のため、暑い中がんばっているのだった。

富士見堂の列を見つけて並ぶ。最初にわたしが待っていた入り口からも、小走りでどんどん人がやってくる。わたしは15番目くらいだっただろうか。すぐに50人ほどの列になった。

「あんこ天米」は煎餅にあんこが挟んであるお菓子である。ひとり60枚まで購入可能で、並んでいる段階で係の人に購入枚数を申し出なければならない。贈り物にもする予定だったので、

「15枚入りを2箱と~、10枚入りを2箱と~」

あわあわと申告する。自分用も入れて計56枚。

買えた。

並べば買える、というシンプルさが清々しかった。

別の店で夕飯用の惣菜も買いたいが、取りあえず一旦カフェで一休み。再び正午に見に行くと「あんこ天米」は完売していた。

帰宅後、冷たい麦茶とともにバリボリ食べる。達成感のうまさだった。

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うかうか手帖

ハレの日も、そうじゃない日も。

イラストレーターの益田ミリさんが、何気ない日常の中にささやかな幸せや発見を見つけて綴る「うかうか手帖」。

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益田ミリ イラストレーター

1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、漫画『すーちゃん』『僕の姉ちゃん』『沢村さん家のこんな毎日』『週末、森で』『きみの隣りで』『今日の人生』『泣き虫チエ子さん』『こはる日記』『お茶の時間』『マリコ、うまくいくよ』などがある。また、エッセイに『女という生きもの』『美しいものを見に行くツアーひとり参加』『しあわせしりとり』『永遠のおでかけ』『かわいい見聞録』や、小説に『一度だけ』『五年前の忘れ物』など、ジャンルを超えて活躍する。

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