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キリ番踏んだら私のターン

2024.07.14 公開 ポスト

私は“仕事”よりも“生き方”を大事にしたい~パレスチナに連帯します~長井短(女優・モデル)

久しぶりに映画館に映画を見に行った。暗い場所で座り心地のいい椅子に座ると秒で寝る病だから映画館は得意じゃない。だけど「映画館に行く」ってことは好きだから、今なら行けるのでは? って自分の機嫌を信じて走り込んだのだ。選んだのは「関心領域」。

もうわかりますね。今回はそういう話をします。

未見の方は今すぐ、URL欄に「関心領域 今日」と入力して出かけて来てほしい。また後ほど帰って来てください。

映画『関心領域 The Zone of Interest』公式ホームページ

はいおかえり~。どうだった? すっごかったよね? この映画を今、日本で撮りたいって言ったら一体どこが出資してくれるんだろうとか、どこが放映してくれるんだろうとか、そういう角度で頭を抱えたりもしたけれど、そんなことよりもだ。あまりにも私の、私たちの話で、眩暈。心地よい我が家が恐ろしく、美味しいはずのビールはあまり味がしなかった。

YouTubeもSpotifyも、ここ数ヶ月の私の検索履歴はもっぱら「パレスチナ」についてだ。あまりにも、知らないことが多すぎる。SNSで友人がリポストした関連投稿を読んでも、まるで理解できないくらい何も知らない。

まずは知ること、と思うのはロシアとウクライナの戦争が始まった時も同じだった。あの時も私は、とりあえずYouTubeで動画を見て、歴史があまりにもむずかったから図書館に行った。中学生ぶりに、図書館で本の内容をノートに要約するという工程を行って、やっとうっすら二つの国の関係性が見えてくる。そうやって「知る」に時間をあてているうちに、SNSの様子が変わる。「ガザ」という見慣れない地名がやけに目に入って、検索履歴はパレスチナに変わったというわけだ。我ながら軽薄だなと思う。

沢山の動画を見た。何時間もポッドキャストを聞いた。ボイコットリストを何度も見て、気をつけないとなどと思った。

 

で?

 

私はただ白く光るMacBookの前で難しい顔をしているだけだった。それから、使った食器が放置されていることに気がついて、夫に小言を言う。『関心領域』でヘス達が口論するみたいに。ガザのことが書かれた画面は、時間と共に薄暗くなって、しばらくするとスリープする。私はそれに、気づきもしない。次にMacBookを開くときまで。

こんなのってだめだ。それはずっと思っていたことだったけれど、『関心領域』は、私の頭じゃなく心を直接揺さぶってくる映画だった。こんなのだめだ。私はこのままじゃだめだ。「よくわからないから」とか「まだきちんと学んでいないから」って理由で何もしないでいるのは、もうだめだと思った。私は自分がどんな状態なのか知ってしまったから。

きっと、同じような気持ちの人は沢山いると思う。今までよりずっと強く「このままじゃだめだ」と感じる今日を、世界中で沢山の人が迎えているだろう。迎えたまま、呆然としている。私にできることは何か考えて、わからなくて、わからないなりにもできることが見えてきて、足が震える。自分にできることを真剣に考えれば考えるほどキーボードを打つ手は止まって、私は怖がっているんだと気付く。

実際私は、ここまでの1000字くらいの中で、自分の立場を表明していない。「考えている」ということをゴニョゴニョ書くだけで、何も言っていません。これが私の弱さである。争いたい。私は、パレスチナに連帯します。私は、今起きていることは虐殺だと感じています。だからそれに、反対したいです。どうかこの文章を消さずに入稿する勇気を持てますように。

子供の頃、変わらないこともあるんだって教えてくれたディズニーランド。大人になった今は逆に、かわり続けるってことを教えてくれてる。スペースマウンテン、愛してるぞ…

誰にでも今日からできるイスラエルへの抗議運動として、ボイコットがある。イスラエル関連企業や武器製造企業への投資を行っている会社から買わない、利用しないこと。検索すればすぐに、どこのお店を避ければいいかわかる。私はもうしばらく、それらの店を利用していない。そのことを、誰にも言っていない。別に言う必要ないとも言えるけれど「ボイコットしてるよ」ということで連帯を示せると思うと、言ったほうがいいよなぁと思いながら、密かなボイコットを続けている。

なぜ「密か」になっているかって、仕事につながっているからだ。ボイコットしている会社のコマーシャルをすることは、まず不可能になるだろう。これに関しては、こっちだってやりたくないからオッケーだ。コマーシャルで食ってる人間がとても多い日本の芸能界で「願い下げだぜ!」なんて言うのは、大して売れてない私の立ち位置として、とち狂ってるなとは思うけど。

問題はコマーシャルへの出演ではない。スポンサーだ。テレビドラマや映画は、沢山の会社がスポンサーになってくれることで制作できている。もし、私に「超面白いドラマ」のオファーが来たとして。そしてそのドラマのスポンサーに、ボイコットしている「A社」が入っていたら。密かなボイコットの場合、ボイコットを理由に私が役を下されることはないだろう。今がその状態だ。だけどもし、表明していたら。スポンサーサイドが「長井さんはうちをボイコットしているので出演させないでください」と言う可能性、全然あるよね? あるんだよなぁ、きっと。A社の気持ちもわかるし普通に。そりゃ嫌だよな、自分を毛嫌いしてる奴に参加されるの。

ただでさえ不安定なこの仕事、その中でもっと不利な状況に自分を置くことは、とてもまともじゃあないと感じる。そんなことをしていたら、私は生きていくことができない。安全で、暖かくて、自分の好きなものに囲まれた今の生活を続けられない。だから口を閉じる。目を閉じ耳を塞ぐ。穏やかな暮らしの中、クランクアップでもらった花束が、美しく咲いている。この花束を買うためのお金がどこから出ているか、なぜそこにお金があるのかなんて、考えもしない。ヘスと同じように。

まともに生きることは正しい。ほとんどの場合正しい。遠くの虐殺より自分の生活を大切にすることは、仕方ないことだ。仕方ないことだ。仕方ないことだ。何度そう言い聞かせても、魂が私にハテナマークを投げかける。言葉を持てないくらいの最深部、暗闇にある魂が、言葉の代わりにハテナマークを浮かべる。どれだけ目を閉じ耳を塞いでも、それから逃げることはできない。私は本当に、これでいいんだろうか。こうやって生きることにしていいの? やりたい仕事を続けるためなら、他のことはどうでもいいの?

いいえ。私は、そういう風に生きたくない。仕事よりも生き方を大事にしたい。未来で後悔したくないから、怖いけど今ここではっきりと。私は、ボイコットをしています。スターバックスもマクドナルドも、もう随分行っていません。便利だし美味しいし好きだけど、我慢しています。意味があるのかなんてわかんないけど、意味を作って、信じて、ボイコットをしています。早くまた行きたいから、どうにかしてほしいです。

あなたはどう思いますか? どんな風に生きていますか?

社会の話を同業者や近しい人とする時「自分たちは自分たちで一生懸命作品を作るしかない」と言う人がいる。私は、それを聞くたび涙が出そうになる。そう思いたかった、私だって。一生懸命映画や演劇、ドラマを作っていれば作っているうちに世界は良くなると思いたかったし、思えていた、きっと前までは。どうしてそう思えなくなってしまったのかは、今まだわからないけど。私は仕事だけで社会と繋がっているわけじゃない。私たちは、仕事だけじゃない。存在自体が社会と繋がっている。だから存在自体にもできることがあるはず。小さくても、無意味に感じられても、何かあるはず。取り急ぎ、何者でもない声を使って。

パレスチナに連帯します。

*   *   *

2冊目の小説『ほどける骨折り球子』できました。これで単行本になってない小説は0、また書いて貯めるんだからッッ!!

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キリ番踏んだら私のターン

相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!

※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。

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長井短 女優・モデル

1993年9月27日生まれ、A型、東京都出身。

ニート、モデル、女優。

恋愛コラムメディア「AM」にて「長井短の内緒にしといて」を連載中。

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