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眠れぬ夜のひとりごと

2024.07.15 公開 ポスト

いびつな食欲との30年真木あかり

痩せたい、と思ったその日から

14歳の春頃から、体重計に乗るたびに数字が減っていった。摂食障害と診断はされていなかったが、拒食症に該当していたと思う。アメリカの人気兄妹デュオ、カーペンターズのカレンが拒食症の末に若くして亡くなったことも社会的に大きなインパクトを与えていたように記憶している。

 

強く緊張する日々が続き、体重はみるみるうちに30kg台になった。当時の写真を見ると、頬がこけて実に生気のない目をしている。ただ、気持ちとしては妙に高揚していた。痩せる前よりも活動的ですらあった。一方、体重減少と比例するように親との関係も悪化し、家のなかは殺伐としていた。その結果、6月の雨の夜に風呂場の窓から家出をすることになるのだが──というのはまた別のお話で、摂食障害との30年余を書いてみたい。

一番痩せていたのは15歳の頃だが、大学に入学する頃には普通体型に戻った。ただ、もう14歳以前のようには食事ができなくなってしまった。ものは食べられる。美味しいとも思う。人と笑いながら食事もできる。ただ、それと同時に「また食べてしまった」という胸を突き上げるような罪悪感にかられ、どれだけ太ってしまうのかという恐怖心がやってくる。とはいえ節制しすぎると、揺り戻しのように強い食欲が湧いて過食気味になってしまう。自炊でバランスを取りつつ、どうにか自分の食欲をなだめすかしているうちに30年が経った。

仕事と食欲の終わりなき闘い

ここ10年ほどは、仕事との兼ね合いに手を焼いている。〆切が続くなど精神的に余裕のない状態に陥ると、食べられるものが極端に限定されてしまうのだ。小池田マヤさんのマンガ『放浪の家政婦さん』(祥伝社)に、いったん執筆に入ると食事が思うように取れなくなる小説家の話が出てくる。母や妻が心をこめて作ったものはもちろん、店屋物やレトルトもダメ。残りごはんにふりかけをかけて食べるのがやっとで、どんどん痩せていってしまう──この話を読んだとき、深く共感した。

私はそこまで繊細ではないのだが、空腹感は確かにあるのにわかめごはんしか食べられない、そんな状態になることがままある。さらには、そうした不自由さを取り戻すかのように、原稿を書き終えた後に過食に走ってしまうことも多いのだ。

昨年後半からは、繁忙期に集中力を維持するため、1日1食にしていた。しばらくは非常に調子よく原稿が進み、「消化にエネルギーを割かずに済む分、脳の動きがいいな!」などと人体の不思議を面白く感じていたが、それも半年くらいのものだった。そこから食欲のバランスが取りにくくなり、また新たな乗り切り方を模索する必要性にかられている。

特別なものが欲しかった

摂食障害というほど、深刻なものではないかもしれない。なんとかできているのだから、大丈夫と思っていいのかもしれない。ふと胸をよぎるのは、14歳の春の日にダイエットをひらめいた日のことだ。日曜の午後、春の陽射しはレースカーテン越しに優しく室内に降り注いでいた。ささくれた畳、抹茶色のこたつ布団。鳥たちがさえずる声。厳格なカトリックの校風には反発するばかりで、私は毎日に倦んでいた。勉強は実にパッとせず、逃げるようにして打ち込んだ美術の道でもやはりパッとしなかった。陰キャの萌芽はすでにあり、キラキラしたかわいい子たちにも混ざれず鬱々としていた。

長所とまでは望まない、でも脚が太いというコンプレックスくらいはどうにかしたい。それはとても良いアイデアのように感じた。「何者かになりたい」とまでは思わなかった。あと5年間、耐えなければ次のステージには進めない。でも「何か特別なものが欲しい」とすがるように思った。

結局脚は痩せても太かったのだが、短期間で目に見える変化が起こるというのは実に刺激的だった。そんなことしないで、勉強や好きなことを極めればよかったのにね。

14歳の私は、その後30年以上も食欲をコントロールしにくくなるなど、思ってもみなかった。「美味しい」や「お腹いっぱい」と感じるたびに強い罪悪感を覚えるなんて、想像もしなかったのだ。気にせずなんでも食べられる心のままだったら、どれだけ楽しかっただろうと思う。でも、これもまた人生だ。

パッとしない自分を変えるには、終わりなき退屈を抜け出すには、地道に努力をするしかない。自分を損なうようなことをして多少何かが変わっても、それは自信にはつながらない。コツコツと、やっていくしかない。

いつか本当の自信が身についたなら、無邪気に好きなものを頬張っていたあの頃の気持ちになれるだろうか。それとも、このまま一生、いびつなまま生きていくのだろうか。それもいいねと思ったりもする。自分の心だもの。受容して抱きしめて、やっていくしかない。

●エッセイのおまけとして、「最近、よく使っているレシピ本」を3冊ご紹介します。料理を作るのは大好きです。人に振る舞うのも大好き。

今井真美『フライパンファンタジア(毎日がちょっと変わる60のレシピ)』(家の光協会)
最近、一番よく使っている本。今井真美さんの料理は、シンプルななかにもワクワクするような組み合わせが多く、何度でも作りたくなります。

土井善晴『ふだんの料理がおいしくなる理由  「きれい」な味作りのレッスン』(講談社)
コロナ禍で料理の味が迷走し、困り果てて買いました。土井さんのレシピは、心に良いなと思います。もちろん、体にも目にも。

高山なおみ『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ』(文春文庫)
若いときから大好きな高山なおみさんの本。全部持っているけれど、何度だって読み返したくなるのはこの本です。これはレシピよりエッセイが好きかもしれない(笑)

 

関連書籍

真木あかり『真木あかりの“使う”星占い 2024年下半期』

ウェブや女性誌で大注目の占い師、真木あかり先生による「12星座別あなたの運勢」が、「真木あかりの“使う”星占い」としてリニューアル。 2024年下半期(7月~12月)の本作品では、ウェブマガジン「幻冬舎plus」で公開されている全体運に加えて、「仕事運」「恋愛運」「健康運」「金運」などカテゴリー別の占いをお楽しみいただけます。 購入者特典として、占いを役立てていただくための5枚の「書き込みシート」がついています(完全版のみの特典です)。

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