いつも「何者か」になりたかった――。
最初の夢は黒柳徹子になること。その後、歌手を目指したり女優を目指したり、NHKを落ちたり、婚活したり、母になったり。やがて芽生えた小説家になるという夢。「今度こそ本気出す!」と 40歳目前で会社を辞め、新人賞に応募するも……。
好書好日「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。まずは、清さんからの「ご挨拶」を、どうぞ。
* * *
宇多田ヒカルじゃないほうに生まれて
「繭子ったら、またうっとりしてる!」
幼い頃、母のドレスを着ては鏡の前でポーズをとる私は、よく家族にからかわれた。あの頃は、自分のことが大好きだった。
大きくなるにつれ、自分より容姿や能力が優れている人、好かれている人がごまんといることを知り、「もしかして、私ってべつにすごくない?」と気づき始めた。決定打は、1998年、私が16歳のときにデビューした宇多田ヒカル。自分と同学年の女の子が、それまで聴いていたのとはまったく違う音楽を作りあげ、胸に迫る歌詞を書き、英語の発音も完璧に歌いこなす。あのときに、自分が凡人であることを、豚肉にあら塩をすり込むがごとく、叩き込まれた。無敵感があっていいはずのあの時期に、同い年のウタダがデビューしたことは、多くの82年組に影響を与えたのではないだろうか。
それでも心のどこかではまだ、「私だって何かあるはず」と思ってた。シンガーソングライターになろうとノートいっぱいに自作ポエムを綴ったり、役者になろうと劇団に入ったり。結局、社会のレールから外れるのが怖くて普通に就職した私は、今度こそ、と小説家を目指し始めた。出版社で毎日残業しながら、空いた時間で応募する日々。でも、結婚し、子どもが生まれると、〈空いた時間〉は、ほんの少しもなくなってしまった。
目の前の赤ん坊は、夢のように愛しくて、毎日毎日「なんでそんなにかわいいの?」と呟かずにはいられないほど。だけど、子どもに愛を注げば注ぐほど、自分のこれまでの葛藤も奮闘もぽろぽろとこぼれ落ちていき、私はただの授乳マシーンに成り果てた。テレビでは、また私より若い人が芥川賞をとったというニュースが流れていた。
イヤだった。
母親になっても私は、私のことを考えたかった。私のことを気に入っていたかった。
私を「たのしみ」に思うために
40歳目前、17年勤めていた会社を辞め、ライターをやりながら、小説家を目指すことにした。子どもたちを寝かしつけたあと、一人、机に向かい、小説を書く。「大傑作が書けてしまったっ!」と思う夜もあれば、「やっぱり私には才能がない」と思う夜もある。朝がくればまた、寝ぼけた子どもたちにパンをくわえさせ、保育園や学校へ急き立て、仕事へ向かう。新人賞の選考通過に狂喜乱舞し、落選に世を呪う。そしてまた、小説を書く。
そんな日々をああだこうだ綴っていたら、この本、「夢みるかかとにご飯つぶ」でエッセイストデビューできることになった。人生は不思議だ。何がどう転がるかわからない。
憧れの「著者近影」を撮影することになり、私はヘアメイクさんをお願いするかどうか、真剣に悩んだ。あんまり張り切ったら恥ずかしい。芸能人じゃないんだし。もう42歳だし。鏡の前でうっとりしていた私はもういない。今、鏡を見るときは、できるだけ薄目でサッと見る。
だけどやっぱりもう一度、私は私を気に入りたい。
結局ヘアメイクさんに自費で依頼をし、新しい服も買って、撮影に臨んだ。出来上がった写真は、うーん、やっぱりちょっと張り切り過ぎたか……。でも、自分のことでこんなに張り切ったのは、久しぶりで楽しかった。
この本には、夢を叶える方法は載っていないし、「とうとう小説家になれたぜ!」というオチもない(そうだったらよかったけれど)。大人になっても、母になっても、ぜんぜん悟りを開けずに、かかとにご飯つぶ付けたまま、何者かになりたがって、あがいて、失敗して、言い訳している、みっともない日々を書きました。みっともないけど、たのしみな日々を。
撮影・武藤奈緒美 ヘアメイク・木村三喜
清繭子
エッセイスト。1982年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒。
出版社で雑誌、まんが、絵本等の編集に携わったのち、小説家を目指して、フリーのエディター、ライターに。ブックサイト「好書好日」にて、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を連載。連載のスピンオフとして綴っていたnoteの記事「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」が話題に。本作「夢みるかかとにご飯つぶ」でエッセイストデビュー。
夢みるかかとにご飯つぶ
好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。
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