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私は演劇に沼っている

2024.07.26 公開 ポスト

カーテンコールで拍手をするとき~「愚れノ群れ」公演を終えて~私オム(脚本・演出家)

先日、脚本・演出を担当したひとつの舞台が終わった。

いつも舞台が終わる度に心から思うのは、無事に終えられてよかったということ。

ここ最近の演劇界は公演中止や延期などが昔より多くなっていると思う。

コロナ感染による中止などではく、怪我による中止が多くなり代役での公演も増えた。

「無事」という言葉がとても有り難い言葉で、達成することは大変なことだと感じている。

 

 

無事、誰ひとり欠けることなく終えたその舞台とは「愚れノ群れ」という作品だ。

少年時代からの幼馴染み3人組がヤクザになるという話。

2時間10分ほどあったその話を一行で要約して書くと、愚れた若者たちは群れになり、外れた道筋を歩み、必然と偶然を経て、大切なものを失った。と、いったところだろうか。

物語はバッドエンドで、観客の求める終わりではなかっただろう。

懸命に仲間のために生きた彼らには幸せな未来があってほしかったが、そうはならなかった。

終演した今でも、登場人物の彼らの人生の正解はなんだったのかを、ふと考える時がある。

作品の終わり方の正解ではなく、登場人物の彼らの正解。

 

劇中に「過ちが正解な俺らの答えはこれなのか……」という台詞がある。

その台詞を書いていたときは、まだ物語の終え方を迷っていた。台詞の通りだ。これでいいのか、こいつらは……と思っていた。間違いを繰り返したが故にたどり着いた世界に、登場人物と同じく絶望した。

都度、選択を間違えてしまう彼らの道を一般的な正解へと修正したくなった。

しかしそうやって修正をしてしまうと、彼らが舞台上で嘘をつくことになる。それは育ちも性格も誤魔化すということ。取り繕ってこちらの見たい世界のために都合良く書いた登場人物の言葉は、誰にも響かない。観客はもちろん、舞台上で生きる相手の心を動かすことはできない。

だから私は、彼ららしい選択、すなわち間違い続ける選択をした。

私は彼らが生きたいように生きさせた。後悔はない。あれが彼らの正解なのだ。と、強く思う。いや、思いたい。

 

どうしてそのように自分を強引にまで納得させたいのかというと、作中に死ぬ役を演じた役者とプライベートで酒を飲んでいるときに、この役者とはもう「愚れノ群れ」の未来を一緒に探しにいけないのか…と寂しくなるときがあったからだ。

今作で幼馴染3人組を演じた役者の安里勇哉、赤澤燈、前川優希とはプライベートでも酒を飲むことがある。彼らとは同年代ということもあり、フランクに好き勝手に話すことができる。

安里勇哉と赤澤燈が演じた役は死んでいなくて、前川優希が演じた役は死んでいる。

どれだけ彼らと「愚れノ群れ」の未来を想像して語っても、前川優希が演じたヤスはいない。それは前川優希とヤスの悩みや葛藤、喜びを話し合ってヤスという人間を作っていく作業ができないということ。

それがとても寂しいのだ。自分で描いた結末なのに、バカな嘆きだ。

だから、ビビリでバカで寂しがりな彼らの正解はあれだったと納得したいのだ。

(「愚れノ群れ」幼馴染3人組)

執筆中に私はそれぞれの登場人物と2人きりで心を通わせる。例えば主人公の孝雄とは、ズレていった仲間と抱えないといけない問題との狭間で、どういう選択をするべきかを共に考えた。組を解散するという選択に至るシーンがあるのだが、その選択は構想段階ではなかった。孝雄という人物がハッキリと出来上がってきた際に思いついた選択だった。

「解散させる」という台詞を書いた後、ツラツラとその後の台詞も出てきた。孝雄という人物にマッチした考えだったのだろう。

稽古が始まると孝雄は安里勇哉のものとなっていき、本番を重ねるごとに、彼は孝雄を自分のものとしていった。終盤の私は彼が創り上げていく孝雄を観ているだけであった。

安里くん、孝雄を大切にしてやってくれよ。と、娘が結婚して嫁いでいくのを見ている親の気持ちだった。私には娘がいないので想像だが、きっと合っている。

生み出した役は皆、息子ではなく娘のように思う。

本番前の楽屋で、役者とくだらない話をしていても、続々と衣装に着替え始めたら居づらくなって私はスーッと楽屋を去る。

「パパ、これから友達と遊びに行くから、もうどっか行ってくれない?」と言われている感覚になる。誰のパパにもなったことがないが、きっと合っている。パパというのは出ていかされる。

生み出した登場人物はまさに娘だ。いつまでも近くにおいて愛でていたいが、そうはいかない。いい役者に面倒をみてもらって、華々しくスポットライトを当てられて輝いてほしい。

そして私はカーテンコールで、愛してくれてありがとうございますと演じた役者たちに大きく拍手をするのだ。

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私は演劇に沼っている

脚本家、演出家として活動中の私オム(わたしおむ)。昨年末に行われた「演劇ドラフトグランプリ2023」では、脚本・演出を担当した「こいの壕」が優勝し、いま注目を集めている演劇人の一人である。

21歳で大阪から上京し、ふとしたきっかけで足を踏み入れた演劇の世界にどっぷりハマってしまった私オムが、執筆と舞台稽古漬けの日々を綴る新連載スタート!

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私オム 脚本・演出家

1989年生まれ。大阪府出身。代表作は女優の水野美紀氏との共同演出作品「されど、」や映画製作予定の「忘華~ぼけ~」や朗読劇「探偵ガリレオ」などがある。身近に感じる日常にドラマを生み出し、笑いを挟み込みながら会話劇で展開する作風は各テレビ局関係者からの評価も高い。また、10代の頃から国内や海外を放浪していた経験を持ち、様々な角度から人物を描き、人間の悩みや苦悩葛藤を経ての成長に至る描写を得意とする。近年では原作のある作品の脚本演出のオファーが相次いでいる中、自身のオリジナル作品の上演を定期的に行い、多くの関係者が観劇に訪れている。

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