1. Home
  2. 社会・教養
  3. あなたの中の異常心理
  4. 三島由紀夫を自決に追い込んだ「完璧主義」...

あなたの中の異常心理

2024.08.07 公開 ポスト

三島由紀夫を自決に追い込んだ「完璧主義」という異常心理岡田尊司

完璧主義、依存、頑固、コンプレックスが強い。どんな人にも、こうした性質はあるものです。しかし、それが「異常心理」へとつながる第一歩だとしたら……? 精神科医・岡田尊司さんの『あなたの中の異常心理』は、私たちの心の中にひそむ「異常心理」を解き明かす一冊。何かとストレスの多い今、自分の心をうまくコントロールするためにも読んでおきたい本書から、一部をご紹介します。

「完璧主義」の光と闇

完璧主義者は、頑張り屋である。理想の完璧な達成を目指して、何事に対しても人並み以上の努力をする。

うまくいっているときには、それが健全に機能し、すばらしい業績や達成に役立つ。しかし、いったんつまずき始めると、完璧主義者の完全を求めようとする欲求は次第に変質し始める。まったく無意味なことや、結果的に生活を行き詰まらせて自分を苦しめることに、頑張ってしまうことも少なくない。

頑張ってしまう人は何に対してであれ、手を抜けないのだ。それが、ときには自分を損ない、破滅に追いやるものであることも稀ではない。このタイプの人にとって、何事も手を抜かずに頑張ることこそが存在の証しなのである。

ときには自分の死を実行するために、頑張ることもある。緻密な計画を立て、それを完遂する。

完璧主義の人にとって、些細な失敗や期待はずれな事態さえも、大きな心の打撃となりやすい。完璧主義の人は、人生が上り坂のときにはとても強みを発揮し、とんとん拍子で成功の階段を駆け上っていくが、下り坂になったときにもろさをみせやすいのだ。

世間一般からみれば、成功の絶頂にあるとしか思えない人が、あっけなく自殺してしまうということがある。そうした場合に、しばしばみられるのが、完璧主義が逆回りに作用してしまった状況である。

最期まで「完璧」であろうとした三島由紀夫

その典型的なケースとして、三島由紀夫の自決事件を取り上げることができるだろう。三島の凄絶な最期は、彼の完璧主義なしでは起こり得ないことであった。猪瀬直樹氏の『ペルソナ 三島由紀夫伝』によると、三島は天才という見方ばかりが世にけんでんされているが、その実は、並はずれた努力家の一面をもっていたという。

大蔵省に勤めている当時は、勤務を終えた後、午前2時頃まで執筆して、朝早く仕事に出るという生活だった。睡眠時間は、3、4時間だったという。世に名前が売れてからも、決して現状に満足することなく、さらに野心的な作品に取り組んでいった。

しかも、先にも述べたように締め切りを一度も破ったことがなく、どんなに酒席で盛り上がっていても、10時になると、さっと切り上げた。極めて禁欲的で、自己コントロールの利いた生活ぶりだったのである。

 

三島は、大蔵省を9カ月で辞めて、書き下ろし長編『仮面の告白』に作家としての命運を賭ける。ホモセクシャルやサディズムなど性的倒錯の告白の書であるこの小説は、三島の思惑に反して刊行当初はちっとも売れず、三島は青くなって大蔵省を辞めたことを後悔したという。

刊行から半年経って、次第に注目され、ようやく再版された。新潮文庫に収録されたところから、一気に売れ行きが加速した。そこから三島の作家生活は、おおむね順風満帆だったと言える。

次の長編『愛の渇き』が7万部、そして29歳のときに刊行した『潮騒』は、発売直後から一気にベストセラーとなった。映画化作品も大ヒットし、三島は国民的な人気作家となったのである。31歳のときの『金閣寺』は、三島の最高傑作として高い評価を受け、これもベストセラーとなった。続く、『永すぎた春』も15万部と部数を伸ばした。

三島は渾身の大作として、3年の歳月を費やして大長編『鏡子の家』を世に問う。これも15万部と商業的には成功したが、批評家の評価は、三島作品としては初めてと言っていいくらい手厳しいものだった。三島は初めて挫折を味わったのである。そこから、とんとん拍子に来た三島の運気に陰りがみえ始める。

 

次いで刊行した『宴のあと』は、元外務大臣の有田八郎氏から、小説のモデルとして使われ、プライバシーを侵害されたとして訴訟を起こされる。

ゴタゴタする中、三島は起死回生をかけて、労働争議に題材をとった社会派の小説『絹と明察』を出す。しかし、売れ行きは芳しくなく、期待外れの1万8千部止まりであった。

三島の不振とは裏腹に、大江健三郎など次世代の作家の作品が世間の話題をさらい、売れ行きでも三島をはるかに凌ぐようになっていた。30歳で頂点を極めた三島も、40歳を迎え、ちようらくを感じずにはいられなかったのである。その頃から、三島の心中には、ひどく思い詰めた気分が漂い始める。

バルコニーで演説する三島由紀夫(ANP scans 8ANP 222, CC BY-SA 3.0 NL, via Wikimedia Commons)

それでも、三島は世界的に評価されており、40歳の年から、毎年ノーベル賞候補に名前があがっていた。ところが、3年後、ノーベル賞を受賞したのは三島ではなく、川端康成であった。自決の1年前である。三島自身、「このつぎ日本人が貰うとしたら、俺ではなく大江だよ」と予言したという。

すでに三島の関心は、自分の人生を、いかに劇的に締めくくるかに向けられていたようだ。ある意味、40歳を過ぎてからの4年ほどの歳月は、完璧な「死の舞台」を整えるために費やされたとも言える。

三島らしく、最後の作品『豊饒の海』の最終部「天人五衰」の最終章の原稿を、自決の当日に、編集者に渡るように段取りしていた。最期まで締め切りを守り、予定したシナリオ通りに人生の幕も下ろしたのである。すべてをスケジュール通りに管理したという点で、三島の人生は、例を見ないほど完璧な生き様だったと言えるだろう。

だが、それは、完璧を追求することが、あまり幸福な生とは言えないことを、われわれに教えてくれる最たる例でもある。

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『あなたの中の異常心理』でお楽しみください。

関連書籍

岡田尊司『あなたの中の異常心理』

誰もが心にとらわれや不可解な衝動を抱えている。そして正常と異常の差は紙一重でしかない――。精神科医で横溝賞作家でもある著者が、正常と異常の境目に焦点をあて、現代人の心の闇を解き明かす。完璧主義、依存、頑固、コンプレックスが強いといった身近な性向にも、異常心理に陥る落とし穴が。精神的破綻やトラブルから身を守り、ストレス社会をうまく乗り切るにはどうすればいいのか。現代人必読の異常心理入門。

岡田尊司『「愛着障害」なのに「発達障害」と診断される人たち』

「発達障害」と診断されるケースが急増している。一方で「発達障害」や「グレーゾーン」と診断されながら、実際は「愛着障害」であるケースが数多く見過ごされている。根本的な手当てがなされないため、症状をこじらせることも少なくない。なぜ「愛着障害」なのに「発達障害」と間違えられるのか? 本当に必要な対処とは何か? 豊富な事例とともに「発達障害」と誤診されやすい人たちの可能性を開花させるための方法も解説。「発達障害」の急増が意味する真のメッセージを明らかにする“衝撃と希望”の書。 ※本書は2012年に刊行された『発達障害と呼ばないで』のデータや内容を最新のものにアップデートするとともに、大幅に加筆修正を行ったものである。

岡田尊司『自閉スペクトラム症 「発達障害」最新の理解と治療革命』

自閉スペクトラム症(ASD)とは、これまで自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などと呼ばれていたものを二〇一三年に一つにまとめて名称。人とのやりとりが苦手、音やにおいなどに敏感、自分のやり方やルールにこだわりすぎる……つまり、自分がなじんだもの以外を受け入れにくい特性のため、生活に支障が出る状態をいう。学校や職場での不適応だけでなく、DVや虐待など家庭でのトラブルの要因にもなりやすい。そこで本書では、最新の知識・理解から、奇跡を起こす治療法、うまくいく対応のヒントやコツまですべて解説。

岡田尊司『社交不安障害 理解と改善のためのプログラム』

人前で話すのが苦手、緊張して上がってしまう、自然に人付き合いができず、社交をつい避けてしまうという状態は「社交不安障害」と呼ばれる。もっとも頻度の高い精神的な困りごとの一つで、有病率は一割を超える。やっかいなのは、社交不安障害にともなう自信低下を生まれつきの性格だと思い込み、諦めてしまうこと。しかし、自分を縛る不安の正体を知って、有効なトレーニングを積めば、改善は十分可能だ。実際にカウンセリングセンターで使われるプログラムを紹介しながら、克服の方法を実践解説。考え方一つで、人生は大きく変わる!

岡田尊司『過敏で傷つきやすい人たち』

決して少数派ではない「敏感すぎる(HSP)」人。実は「大きな音や騒々しい場所が苦手」「話し声がすると集中できない」「人から言われる言葉に傷つきやすい」「頭痛や下痢になりやすい」などは、単なる性格や体質の問題ではないのだ。この傾向は生きづらさを生むだけでなく、人付き合いや会社勤めを困難にすることも。最新研究が示す過敏性の正体とは? 豊富な臨床的知見と具体的事例を通して、HSPの真実と克服法を解き明かす。過敏な人が、幸福で充実した人生を送るためのヒントを満載。

{ この記事をシェアする }

あなたの中の異常心理

完璧主義、依存、頑固、コンプレックスが強い。どんな人にも、こうした性質はあるものです。しかし、それが「異常心理」へとつながる第一歩だとしたら……? 精神科医・岡田尊司さんの『あなたの中の異常心理』は、私たちの心の中にひそむ「異常心理」を解き明かす一冊。何かとストレスの多い今、自分の心をうまくコントロールするためにも読んでおきたい本書から、一部をご紹介します。

バックナンバー

岡田尊司

1960年、香川県生まれ。精神科医、医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。同大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医 学教室にて研究に従事。現在、京都医療少年院勤務、山形大学客員教授。パーソナリティ障害治療の最前線に立ち、臨床医として若者の心の危機に向かい合う。 

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP