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夢みるかかとにご飯つぶ

2024.08.13 公開 ポスト

ドキュメント落選清繭子

好書好日「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。

本編より、通過する気満々だった林芙美子賞の二次選考に落ちた日の、リアルな思いを。

*   *   *

ドキュメント落選

来てる、これは、来てる。

先週、連載のふぁにーちゃん(すばる文学賞・大田ステファニー歓人さん)の記事がバズった。その波及効果でnoteもXもフォロワーが増えた。その前の週に、村山由佳さんが私のnote「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」をXで紹介してくれ、そちらもバズった。来てる、これは、来てる。

この流れで、金曜日、私は林芙美子文学賞の二次を通過するはずだった。ふぁにーちゃんのおかげで通知が止まらないXを眺めつつ、私は合間に何度も林芙美子文学賞のサイト更新をチェックした。昨年はこの日に発表があったのだ。土日は事務局の方々もお休みだろうし、発表するなら金曜にちがいないと踏んでいた。

一向に更新されないサイトを見ながら、「林芙美子賞、二次通過してました!」と投稿する自分を想像する。

前回、「一次通過しました!」と投稿したときには、市川沙央さん、西村亨さん、屋敷葉さん、ふぁにーちゃん、と連載で取材し、かつXのアカウントを持っている人全員がいいねをしてくれたのだった。

みんなが、こっちおいでって言ってくれてる……!!

脳内で勝手にそう変換し、あのとき私は多幸感に浸っていた。これで二次通過したって言ったら、どうなっちゃうんだろう。でへへ。まだ何も起きていないのに鼻の下がのびる。ふぁにーちゃん経由、村山さん経由で私をフォローした人も「ほう、こいつ、一発屋じゃなくて、ちゃんと実力もあるわけね」と感心するにちがいない。清は「実力」という言葉に非常にヨワい。喉から手が出るほど欲しい。

にじつーか! にじつーか!

心のスタジアムで全清が叫んだ。が、とうとう夜になってもサイト更新はなかった。

そして土曜日が過ぎ、日曜日が過ぎ、月曜日である。事務局の方も働き出す月曜日である。

私はそのとき、次回の連載の原稿を書いていた。文藝賞優秀作を受賞した佐佐木陸さんの回だ。最終選考に四回も残ったことがある強者で、しかし本人はそれを「落選は落選」と受 け止めていた。「落選」という言葉を連打しながら、縁起悪いな……とひとり笑いして思い出した。

そうだ、今日こそ林芙美子賞の二次、発表されてんじゃないの?

私は姿勢を正す。目をつぶり、手を合わせ、応募した作品を思い出す。タイトルは「そんなとこにはもういない」だった。うん、悪くない出来だった。去年の一次通過した作品より、進化しているはずだ。だからきっと大丈夫。

えいっとサイトを開ける。「二次選考結果」とタイトルが出る。キター! 祈る気持ちでスクロールしていく。

「そんなとこにはもういない」は、そこになかった。

……。

サイトを閉じて、佐佐木さんの原稿に戻る。パチパチと文字を打つ。ダメだ。Xに書き込 もうと携帯を取り出す。「林芙美子賞……」と打ちかけて、どう打っても痛々しい感じがし てやめる。裏垢に、「落ちた……」と入れる。小説ともだちががっかり顔のスタンプで返してくれる。また、佐佐木さんの原稿に戻る。ダメだ。

なんで私、朝に確認しちゃったんだろう。仕事終わりに確認すればよかった。だって、当然通過してると思ったんだもん。毎回だけど、その自信どこからくるん? 知らんよ、生まれつき自信があんだよ! マーク・ザッカーバーグとジョージ・ルーカスと同じ誕生日だからなんつーかアメリカ人的な自己肯定感があんだよ。自分に期待すんのやめなー、まなべー。うっせー! おれ、ちょっと走ってくるわ。

と、仕事が手につかず、徒歩三十秒のチョコザップに行って十五分だけ走る。仕事は今日も山のようにある。ありがたくも悲しい。

今日も「実力」を手に入れることはできなかった。たしかにな、あれは屋敷葉さんの取材に触発されて急遽締め切り二日前に応募を決めて、過去作を突貫で大改稿して出したんだよ な。だからダメなんだわ。と、いう言い訳をする。「実力」のせいだとは思いたくないから。

それから事務作業に打ち込む。でも脳のどこかではずっと誰かが「落ちた、落ちた、落ち た……」と呟いている。呟くな。いつもの六〇%程度しか働けず、保育園お迎えの時間にな る。なぜかおいしい夕食が食べたくなって、めずらしくちゃんとレシピを見て「大根と鶏肉 のガーリックソテー」を作る。「死ぬ前に食べたいもの」でいつも答える豚汁も作る。子ど もたちもおいしかったらしくバクバク食べる。積み木で高い塔を作り、子どもから尊敬のまなざしを得る。上の子がピカチュウを一生懸命描いて、その上達ぶりに目を瞠る。その間もずっと、頭の中では「でも落ちた、でも落ちた、でも落ちた」と誰かが言っている。「でも」ってなんだよ。

な、なんじゃこりゃあ!!

お風呂上がり、鏡を見て驚いた。歯が黒いのである。歯の神経死んだ人みたいに前歯が黒 ずんでいるのである。念入りに歯磨きをする、でも黒ずみは消えない。もしかして、虫歯 に? いや、痛くない、しみない、血も出ていない。あ、こ、これは……ステイン汚れってやつ  そういえば、ここ最近ずっと夜中まで仕事の原稿か小説を書いていて、その間、眠気覚ましに紅茶をがぽがぽ飲んでいた。

歯の黒ずんだ小説家志望の四十一歳……。虚しい、なにもかもが虚しい。この先、小説家になるなんて無理だという気持ちに襲われる。生まれ持った謎の自信をどこかへ失くす。せめて、歯の黒ずみは取ろうと、指で歯の表面をこすってみる。しかし、いつまで経っても黒ずみは取れないのであった。

人がみな われより書けそに 見ゆる日よ ステイン汚れも ぜんぜん取れない

関連書籍

清繭子『夢みるかかとにご飯つぶ』

母になっても、四十になっても、 まだ「何者か」になりたいんだ 私に期待していたいんだ 二児の母、会社をやめ、小説家を目指す。無謀かつ明るい生活。 「好書好日」(朝日新聞ブックサイト)の連載、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題のライターが、エッセイストになるまでのお話。

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夢みるかかとにご飯つぶ

好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。

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清繭子

エッセイスト。1982年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒。

出版社で雑誌、まんが、絵本等の編集に携わったのち、小説家を目指して、フリーのエディター、ライターに。ブックサイト「好書好日」にて、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を連載。連載のスピンオフとして綴っていたnoteの記事「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」が話題に。本作「夢みるかかとにご飯つぶ」でエッセイストデビュー。

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