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2024.08.07 公開 ポスト

二人の神様を偶像化しない、優れたノンフィクション劇画(2)『劇画の神様』中条省平

伊賀和洋の『劇画の神様』(彩図社)は、日本のマンガの集団創作システムを作りあげた、さいとう・たかをと小池一夫の手法および人間性を並行的に描く評伝マンガです。

 

さいとう・たかをには、犯罪アクションをダイナミックに描くマンガ家としての独自性がはっきりとありました。

一方の小池一夫は、ありとあらゆるジャンル(冒険活劇、刑事アクションから時代劇、青春もの、ゴルフマンガやエロまで)を広く手がけ、そのうえ、どの作品にも仰天するような荒唐無稽なアイデアと展開があって、作家的個性といった括りを超えるものを感じさせました。

私が小池一夫の面白さを知ったのは、三隅研次によって映画化された「子連れ狼」シリーズからでしたが、その後、小池原作のマンガを読むたびに、小池一夫という創作者のトンデモなさに啞然とさせられました。

この「啞然」という表現には、呆れてしまうというニュアンスも含まれていて、実際、私が個人的に知るマンガ家やマンガファンから、小池一夫を軽侮するような反応を示されたこともあります。正直いって、私にとって、小池一夫という創作者は、なんとも奇妙な作品を書く、わけの分からない人でした。

この小池一夫の不可解さに決着をつけてくれたのが、大西祥平の『小池一夫伝説』(洋泉社、2011年)です。

この本は、著者の大西祥平が直接小池一夫におこなったインタビューを軸にして、主な小池作品をほぼ年代順に論じている、足かけ8年を費やした文字どおりの労作です。

小池一夫といえば、その奇想天外な作風と恐ろしい大量生産ぶりのせいで、無茶苦茶な書きとばしをしているのではないかという先入見をもっていたのですが、大西祥平によれば、小池原作は、ト書き脚本の欄外にまで細かい演出の指定が入って、完全に仕上がっているため、物語の改変どころか、新たなセリフひとつ加えることさえ難しいといいます。

しかも、その緻密な演出が何を目指しているかというと、〝狂気〟なのです。

『ゴルゴ13』の連載が開始されたとき、脚本には、小池一雄(当時の表記)とさいとう・たかをの名前がクレジットされていました。そして、さいとうは、ゴルゴを「足元にアリがいたらまたぐ」ような人間として想定していました。

しかし、小池一夫は、人殺しで金をもらう人間は〝異常人格者〟であり、〝狂気〟を抱えているはずだと考えます。それゆえ、小池と、ゴルゴを健全なヒーロー、万人に受けるキャラにしようとするさいとうのあいだには齟齬が生じ、結局、小池はさいとう・プロから独立することになるのです。

小池は、自分の作品の主人公の〝狂気〟を〝アナーキー〟とも〝虚無〟とも呼んでいます。

そこには、さいとう・たかをと厳然と異なる冷たいリアリズムのまなざしがあります。

このリアリズムの眼と、緻密きわまる演出が、なぜか〝狂気〟に執着する……。ここに小池一夫のわけの分からなさの秘密があることを、大西祥平の本が教えてくれました。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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