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夢みるかかとにご飯つぶ

2024.08.18 公開 ポスト

新人エッセイストが書店回りに行ったら、ゼリーがマシュマロになった話。清繭子

好書好日「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。

今回は、都内の書店をご挨拶に回った、真夏のある午後のルポルタージュ(?)です。

*   *   *

書店回り――。それは自著を置いてくださる書店様にご挨拶し、手書きPOPなどをお渡しし、あわよくば売り場のよく目立つ場所に置いていただく、という販促活動のことを言う。

元出版社社員の私は、営業担当同伴のもと、編集した本の書店回りをしたことがある。新人研修でひと月、書店でアルバイトしたこともある。

つまり、書店員の皆さんがどれほどお忙しく、かつ、日に何十冊もの新刊が届き、どれほど多くの〈新人作家〉なるものが湧いて出るものかを、少しは知っているのである。そして何より、有名作家の来訪ならともかく、名前の読み方もわからない有象無象の新人作家の書店回りが、ありがた迷惑の部類に入りがちなことも承知しているのである。

ティッシュ配りのバイトもできないほどのゼリーメンタル・清は、書店回りが怖かった。が、そんなこと言ってる場合ではもちろんない。やるしかないのだ。

まず、幻冬舎の営業さんが分刻みのスケジュールを組んで下さった。事前にアポを取った上での書店回りであるので、迷惑度は低いはず……。とにかく貴重な機会。絶対に無駄にはしまいと、深夜二時まで手書きPOPを作った。

出版社の営業をしている友達に各書店のお客様の傾向を聞き、それに合わせて「夢ごは」の中からエッセイを選び、試し読みにした。

プリンターで出力した原稿に糊をぬりぬりしながら、「著者がここまでやるのってどうなんだろう……張り切りすぎ? イタい?」という羞恥心が襲ってきたが、「いや、私の見栄とかどうでもいい。書店さんにとっても私にとっても大事なのはこの本が売れるかどうかだ」と言い聞かせた。

文芸の話題書のコーナーと、「エッセイスト」の棚の2面に

最初に伺ったのは、ブックファースト ルミネ北千住店

いつもお客として利用している地元のお店だ。だからこそ、より緊張する。もう二度と通えないほどの失態を侵してしまったらどうしよう。廊下で足を滑らせて売り場に倒れ込み、什器を壊すとか……。

担当さんと待ち合わせて、店員さんに声をかけ、アポをとったKさんを呼んでもらう。営業の友達からは「お時間を割いていただいていることを決して忘れず、クールな対応をされても粛々と受け止めるように」と心構えを授かっていた。

「受け止める、受け止める……」と唱えながら名刺(特製「夢ごは」書影入り)を差し出した。

Kさんはニコニコと、「清さんは近くにお住まいだそうですね。じつは『夢みるかかとにご飯つぶ』、発売日前日に問い合わせがあって1冊売れたんですよ。新人作家さんでは珍しいなと御社へ問い合わせたら、著者が地元だからかも、とのことで。急遽追加で発注しました!」

なんとなんと、文芸の話題書のコーナーと、「エッセイスト」の棚の2面に置いて下さっていたのだ!

じーん……。

「清さんの連載『小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。』も読ませていただきました。最初は文芸時評のコーナーに置いていたんですが、エッセイの中身を読んで、これはエッセイストのコーナーで動くかもしれないって試しに置いてみたんですよ」

Kさんはそのように、カテゴリーに囚われず、興味のあるお客さんが目にしてくれそうな場所へ本を置いてみるそうだ。その努力と工夫に感激した。

ちなみに、ブックファースト ルミネ北千住店に私が選んだ試し読みは、「子どもを陽にあてただけの今日」。このお店が子連れママにも優しいのを知っている。エレベーターでベビーカーごと上がれ、児童書も充実しているので、育休中もよくお世話になった。もやもやした気持ちを抱えたママが通りがけにふと目を留めてくれたらうれしいな。

ラジオまで聴いてくださっていた

つづいて訪れたのは、旭屋書店 池袋店

またレジで呼び出していただく。しばらくして「あれ、この時間でしたっけ?」とやってきたのはS店長。まさかアポの時間を間違えた!? と私と担当さんに緊張が走る。でもS店長はにこやかに「すみません、もうちょっと後で来ると思っていたから、色紙を書いてもらう準備がまだできていなくて」。すかさず「色紙、もうあります!」と差し出す私。昨夜、頑張ってよかった……!

このお店は東武百貨店内にあり、マダムたちが多く訪れると聞いたので、「はじめに」から子育て部分を抜き出した。「そうそう、私もそうだったのよ!」と思ってくれるマダムがいたら嬉しいな。

S店長がさっそく飾ると言ってくれた。その言葉通り、その日の旭屋書店のxには、こんなポストが……。

ああっ! しっかりとほこりよけカバーをしてくださってる! でもそれだと、試し読み部分が開かない……!

Xにお礼がてら開くことを伝えると、早速直してくださった。このきめ細やかな対応!! お忙しいところ、ありがとうございました。

ちなみに、前日、J-WAVEの番組「GRAND MARQUEE」に出演したのだが、S店長、しっかりラジオまで聴いて下さっていた。ありがたや……。

すでに読んでくれていた!

お次は、ジュンク堂書店 池袋本店

出版社で働いていた頃、企画会議のたびに通ったお店。まさかそのお店に著者として訪ねる日が来るなんて……。

しかも文芸書担当のIさんは、アポ入れの際に「あ、その本、気になって読みました。清さんにお会いできるの楽しみです」と言ってくださったそう。う、嬉しすぎる……。

こちらのお店は、学生さんも多く訪れるとのことで、「はじめに」の冒頭部分を抜き出した。「いつも、何者かになりたかった。」そんな気持ち、青春真っ只中の人に届けられたらいいなと願って。

POPは剥がれないように、棚の側面に貼っていただいた。

私、サイン本作っちゃってるよ!

あれ……、書店回りってどちらかというとありがた迷惑な部類で、塩対応されても粛々と受け止める系のあれじゃなかったっけ?

これまでずっと、書店員さんの優しさに感動してばかりなのだが……。

いや、こんなにいいことばかり続くわけがない。きっと次で書店回りの厳しさを知るのだわ、と謎のネガティブ気合を入れてやってきたのが芳林堂書店 高田馬場店

アポを取っていたEさんにお会いすると、「どうぞこちらへ!」と事務所に通して下さり、冷蔵庫から冷えたお茶まで出して下さるではないか。

目の前には「夢ごは」の山。そして、マジックペン。え、これって、もしかして、もしかして……。

「サインをお願いできますか?」

ええーっ! サイン本作っていいんですか? 私なんかが!?

サイン本は返品が利かないので、書店さんにとってはリスキー。だからこそ、手書きPOPならご迷惑でないだろうと持参したわけで……。

本当にいいのだろうか、とドキドキしながらもニヤニヤが止まらない。

今、私、サイン本作っちゃってるよ!

その間もEさんはご自身の子育てエピソードを話して下さり、とても楽しい。

「さっき金子玲介さんもサインに来てくださったんです」

「えっ! 金子さん!?」

メフィスト賞を「死んだ山田と教室」で獲った金子玲介さんとは取材で意気投合。前の週、ほかの新人賞作家のみなさんも含めてごはん会をしたばかり。

あとで金子さんにLINEすると、「そういえば事務所に『夢ごは』が積んであって、清さんの本だ~! って思ってたんですよ」と……友達―っ!!

嬉しさでいつもより出っ歯が止まらない清なのでした。

試し読みは「元カレが坂口健太郎に似ていてね、」。私が早稲田に住んでいた時代の失恋エッセイ。

まさかの三面展開!?

つづいて伺ったのは、紀伊國屋書店 新宿本店

じつは例のごはん会のあと、「自分以外全員他人」で太宰治賞を受賞された西村亨さんが「夢ごは」を買いに行くと言ってくれ、いっしょにこちらのお店を訪ねたのだった。そのときは残り三冊まで平積みが減っていて、これは売れているのでは……と密かに喜んでいたのだ。

アポを受けてくださったEさんに、再度売り場を案内していただき、びっくり!

前回よりもさらに面が増えている!

「けっこう動きよかったんで、この棚と、もう一方の棚にも置いています」

まさかの三面展開!? 夢のよう……。

ちなみに、試し読みはこちら。

「子どもを陽にあてただけの今日」。他県からこのお店のために来るひともいるという、本好きの人のためのお店。だからこそ、私のように芥川賞や直木賞のニュースに心をかき乱された人もいるのでは……と選んだ。

ちなみに、こちらの哲学書フロアには、父・清眞人の著作も。親子ともどもお世話になっております!

地元トークで盛り上がる

さてさて、お次はブックファースト新宿店

私が通っていた小説教室の通り道にあり、個人的にもよく行くお店。

迎えてくださったのはMさん。ちょっとクールな感じ? もしかして今度こそ塩対応の洗礼を浴びるのか!? と身構えたら、「エッセイ、読みました。清さんって大阪出身なんですね。僕もです」と。

「ええ! そうなんですか! 私、古墳のすぐ近くに実家があって、だからサインの横に古墳マークをつけているんですよ」

「え、古墳……? うちも割と古墳近いです。〇〇という駅で……」

驚きの展開。なんと隣の町でした。中学も高校もお隣さんでした!

そこから地元トークで盛り上がり、すっかり打ち解けた。担当さんは「清さん、持ってますね……」と感心していた(笑)。

ちなみに試し読みは「はじめに」の冒頭部分。こちらのお店には周りに専門学校があり、夢をめざす若者も多いのでは、と選んだ。Mさん、故郷に錦飾らせてください!

夢みる人が多い街・西荻

さて、最後にやってきたのは西荻窪にある今野書店

西荻に住んでいた頃、品ぞろえも週末にやるイベントもとても素敵で、憧れの書店だったので私からご挨拶したい! とリクエスト。

今野書店に選んだのは、「はじめに」。西荻窪は大人になってからお店を始める人やイラストレーターになった人など、「夢みる大人」がたくさん住んでいる町。ここにいたから、私もまた小説家という夢をみられた気がする。

そんなことを応対してくださったMさんにお話したところ、「がぜん読みたくなりました!」と売り場を急遽お店入ってすぐの目立つ位置に変えてくださった。

こうして書店回りは、ゼリーメンタルが崩壊するどころか、ふわふわ夢ごこちなマシュマロメンタルに進化して、無事終了。

お客さんと運命の一冊との出会いのため、日々売り場づくりに励まれる書店員さん。「本」と「読書人」を愛し、全力応援してくださるその姿に、私ももっと売れて恩に報いなければ……と気合が入ったのだった。

関連書籍

清繭子『夢みるかかとにご飯つぶ』

母になっても、四十になっても、 まだ「何者か」になりたいんだ 私に期待していたいんだ 二児の母、会社をやめ、小説家を目指す。無謀かつ明るい生活。 「好書好日」(朝日新聞ブックサイト)の連載、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題のライターが、エッセイストになるまでのお話。

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夢みるかかとにご飯つぶ

好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。

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清繭子

エッセイスト。1982年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒。

出版社で雑誌、まんが、絵本等の編集に携わったのち、小説家を目指して、フリーのエディター、ライターに。ブックサイト「好書好日」にて、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を連載。連載のスピンオフとして綴っていたnoteの記事「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」が話題に。本作「夢みるかかとにご飯つぶ」でエッセイストデビュー。

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