パリ五輪でメダル1個に低迷した競泳日本代表で、ひとり気を吐いたのが18歳の松下知之(東洋大)だ。男子400m個人メドレー決勝で自己ベストを1秒42更新する4分8秒62のタイムを出して銀メダルを獲得。最後の自由形で5番手から3人を抜く狙い通りのレース展開だった。
狙い通りのレース展開で銀メダルを掴みとる
タッチした瞬間、松下知之はスタート台に灯ったメダルを意味する赤いランプを冷静に確認していた。「おっ、光っている。メダルをゲット」。直後に感情を解放して左拳を何度も突き上げた。
表彰式ではポールに掲げられた日の丸を目に焼きつけ、「最高! なかなか味わうことができない景色」とメダリストになったことを実感。「苦しい練習に耐えてきてよかった」と笑顔を見せた。
体に覚えこませた勝利の方程式を遂行した。
最初のバタフライを終えて7位。後方からレースを進め、続く背泳ぎは6位でターン。全選手のラップタイムは頭に入っており「どの選手がどの位置にいるかだいたい分かった」と冷静に戦況を分析していた。
第3泳法の平泳ぎで5位に浮上すると、得意とする最後の自由形でリミッターを外した。350mのターンは4位。最後の50mでふたりを交わして表彰台を勝ち取った。
「人生で一番緊張した」という大一番で狙い通りの会心のレース。「レースプランは体が覚えていた。ストローク、テンポ数、ラップタイム、自由形で爆発できるように練習してきた」と胸を張った。
ヒーロー・萩野公介の背中を追ってきた
2016年のリオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得した萩野公介の姿を見て、五輪を夢見るようになった。同じ栃木県出身のヒーローの大ファンになり、数え切れないほどサインをもらった。
練習ノートに萩野の新聞の切り抜き写真を貼り、レースの朝に熱いシャワーを浴びるルーティンもマネをした。萩野が着用するゴーグルと同じモデルをすべて購入。萩野が掲載された雑誌はお風呂で読みこんだ。
自他ともに認める「萩野マニア」は、2024年春に萩野の母校・東洋大に進学。五輪平泳ぎ2大会連続2冠の北島康介や、萩野ら数々の金メダリストを指導した平井伯昌コーチ(61)に師事する。
ちなみに、平井コーチは6大会連続のメダリスト輩出となった。指導する選手がひとりも表彰台に立てなかったのは、五輪に初参加した2000年のシドニー五輪しかない。
松下の決勝前のウォーミングアップでは、全体5位通過した予選で気になった泳ぎの技術面を指摘。「バタフライは少し呼吸が速かった。平泳ぎは肘が伸びてなかった」と微調整した。
決勝レース直前は「どういう点に注意する?」と質問。直接注意点を伝えないのは「自分から話すことで本人の気持ちが固まる」からだ。松下自身の口から「覚悟を持ってやるしかない」との答えを引き出し、大一番に送りだした。
名伯楽のバックアップも受けて結果を出した松下だが、目標はまだ先にある。
2024年8月1日には19歳の誕生日を迎え「18歳は人生で一番練習を頑張った1年」と振り返り「まだまだタイムが狙えそうなので、上げられるところまでタイムを上げたい」と意欲を示した。
優勝した世界記録保持者のレオン・マルシャン(22歳・フランス)には、5秒67の大差をつけられた。表彰式では大歓声を浴びた地元の英雄の横で「やっぱり今回はマルシャン選手が主役の大会」と再確認し、「自分は4年後もまだ若い。マルシャン選手を超えられる実力をつけて臨みたい」と決意を新たにした。
尊敬する萩野が金メダルを獲得したのは、2度目に出場したリオ五輪。松下にとって花の都の銀メダルは物語の序章に過ぎない。2028年のロサンゼルス五輪で、頂点を狙いにいく。
松下友之/Matsushita Tomoyuki
2005年8月1日栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮南高から2024年春に東洋大に進学。0歳から水泳を始め、小学2年で全国大会初出場。2023年の世界ジュニア選手権400m個人メドレーで金メダルを獲得した。漫画を読むことが趣味で、サッカーやバレー、バスケなどの球技も得意。身長1m78cm。
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※この記事はWeb版GOETHEに掲載された記事を再編集したものです
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