1. Home
  2. 生き方
  3. コンサバ会社員、本を片手に越境する
  4. 水俣、沖縄、アイヌ…自身のルーツに根差し...

コンサバ会社員、本を片手に越境する

2024.08.24 公開 ポスト

水俣、沖縄、アイヌ…自身のルーツに根差し「当事者の言葉」を力強くつむぐ女性たちの3冊梅津奏

当事者が持つ圧倒的な説得力に惹かれる今年の夏

 

2022年から、「年間ベストブック10選」をブログで毎年発表している。(昨年のブログ

読んだ本を記録している読書アプリを見返しながら、「これとこれ……あ、これも外せない!」と悩む楽しいひととき。厳選の末に10冊を決めたときには、自分の1年の総括をしたような達成感だ。

読む量が激減した2023年の反省のもと、順調なペースで読書できている2024年上半期。先日ふと思いついて試しにベストブック候補を並べてみたら、なんなく10冊選べてしまった。これはまずい。まだ残り4か月もあるのに!(嬉しい悲鳴)

今年は特に「これは」という本に出会う確率が高い気がする。相変わらず私は読書の神に溺愛されているなぁと悦に入る一方、こんなにたくさん貢物=課金をしていたら見返りがないとやってられないよねとも思う。毎日フルタイムで働きながら、隙間時間は家事もスキンケアもそこそこに読書に励み、せっせと本屋に通い、休日は書評やら読書コラムやらを執筆、定期的に読書会を主催……。読書業界にはまあまあ、いやかなり貢献している人間ではなかろうか。運命の神様は気まぐれでも仕方ないけれど、読書の神様は私の味方じゃないとおかしいだろう。

 

冗談はさておき、最近読んだ中で特におもしろかった本の特徴は「圧倒的な当事者性」を感じさせること。著者がそのテーマで書くことの必然性がはっきりしている本ばかりだった。

ノンフィクションでもフィクションでも、テーマとなっている社会問題・物語や登場人物の設定と、著者自身のリアルなプロフィールが重なる本。そんな当事者性の高い文章は、当然だがとりわけ説得力がある。

メトロポリタン美術館と警備員の私』(パトリック・ブリングリー著、山田美明訳/晶文社)、『働くということ「能力主義」を超えて』(勅使河原真衣/集英社)、『ベル・ジャー』(シルヴィア・プラス著、小澤身和子訳/晶文社)、『ゴールドマン・サックスに洗脳された私』(ジェイミー・フィオーレ・ヒギンズ著、多賀谷正子訳/光文社)、『スイマーズ』(ジュリー・オオツカ著、小竹由美子訳/新潮社)、『29歳、今日から私が家長です』(イ・スラ著、清水佐知子訳/CCCメディアハウス)、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆/集英社)……。

まあ、これは当たり前のことだ。著者自身が実感を持って語るときは、言葉に力があるし生々しさが出るはずだから。逆に、第三者的立場からしか語れないこと、見つけられない視点もあるのだと思う。ただ今の私は、「当事者性の高い文章」に惹かれるシーズンにいるんだろう。

もう一歩踏み込んで考えてみると、「私は何をして生きていくのか?」みたいな「そもそも論」に向き合う日々を過ごしているからかもしれない。何事も中庸で平均点(自己評価で、だけれども)な自分に満足していたつもりだけれど、本当にそれでいいんだっけみたいなことをぐるぐる考えたりもしている。そんなふわふわした状態だからか、どっしりした「説得力」を携えて「必然性」をきらめかせながら表現をしている人たちに目が行くのかもしれないな。

この文章を書いていたら、「うん、そうなのかも」と改めて思えてきた。それならいっそ、当事者性そのものがテーマの一部になっているような本をまとめて読み直そう。生まれ育った土地や血脈に向き合い、身体の内側から湧き出るような「語り」でもって自身が所属する(した)コミュニティと文明の闘いを書き留めた女性たちの本を三冊紹介する。

苦界浄土』(石牟礼道子/講談社文庫)

目くらで、唖で、つんぼの子が創った目の穴と、鼻の穴と、口の穴のあいている人形のような、人間群のさまざまが――。それらの土偶の鋳型を、わたくしはだまってつくればよい。――『苦界浄土』より

熊本県天草に生まれ、水俣町で生まれ育った石牟礼道子。10代の頃から生きにくさに苦しみ自殺未遂を繰り返した道子だが、子どもを産み主婦として暮らしながら水俣病対策市民会議の立ち上げに関わり、被害者の声を私小説のような独自の手法で書き留めた『苦界浄土』を発表するに至った。本書における著者・道子はいわばシャーマンのような存在に思える。

海をあげる』(上間陽子/筑摩書房)

この海をひとりで抱えることはもうできない。だからあなたに、海をあげる。――『海をあげる』より

Yahoo!ニュース|本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞受賞作。沖縄に生まれ育ち、今でもかの地で若年女性の調査・支援に携わる教育学者・上間陽子さん。娘さんを育てながら沖縄で暮らす日々を個人的な日記のように綴りながら、同じテンションで基地問題や自然破壊の問題に鋭いまなざしを向ける。これからの世代にどんな社会を手渡すかを考える、「未来への祈り」の書。

アイヌがまなざす 痛みの声を聴くとき』(石原真衣・村上靖彦/岩波書店)

石原にとって日々生活し、この主題にについて書くことそのものが、たえず傷を確認し言語化する営みであり、「自傷行為」であるのを目の当たりにしてきた。――『アイヌがまなざす 痛みの声を聴くとき』より

「日本は単一民族の国」と当然のように語られがちだが、そこには巧妙に隠されたアイヌ民族への弾圧と差別の歴史がある。アイヌにルーツを持ち文化人類学を専門とする石原真衣さんと、大阪大学教授で現象学者の村上靖彦さんによる「まなざし、まなざされるアイヌ」を紐解く一冊。いまだに続くアイヌ民族に対する不正義に、当事者たちはどう感じてきたのか。5人の当事者への聞き取りを通して、不可視化される差別をあぶりだす。

{ この記事をシェアする }

コンサバ会社員、本を片手に越境する

筋金入りのコンサバ会社員が、本を片手に予測不可能な時代をサバイブ。

 

 

バックナンバー

梅津奏

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」をはじめとするweb媒体で、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。ブログ「本の虫観察日記

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP