1. Home
  2. 生き方
  3. 衰えません、死ぬまでは。
  4. ちょっとしたアイデアで登りやすさに大きな...

衰えません、死ぬまでは。

2024.08.28 公開 ポスト

第18話 体が、筋肉以外ほぼ内臓脂肪でできていた話 前半

ちょっとしたアイデアで登りやすさに大きな差が出る。面白すぎるぞ、ボルダリング。宮田珠己

筋トレには挫折したけど、ボルダリングならいけそうだ!と光明が見えた宮田さん。その後、ちゃんと続いているのでしょうか!?

*   *   *

ボルダリングに、今も週1レベルで通っている。瞬く間に通わなくなった筋トレとは大きな違いだ。しかも余裕があればもっと通いたいぐらいの気持ちである。ボルダリングが楽しい。

すでに最低ランクの10級から、一気に7級までクリアし、6級もなんとか登れるようになったが、その先の5級にチャレンジしたところで、突然登れなくなった。

 
(写真:宮田珠己)

このジムでは、クリアできた級に応じて、次回の半額特典や、全額無料特典がもらえることになっていて、私はすでに半額特典は手にし、次の全額無料特典を狙っていた。

そのためには6級を3つ、5級を2つクリアしないといけない。だが6級3つは登ったものの、5級がひとつも登れない。そんな5級の登れなさについて、少し語ってみたい。

ボルダリングでは、スタートのポジションが決まっており、指定のホールドを手でつかみ、足もどこかのホールドにのせた状態から開始する。このとき地面からいきなりジャンプしたり、地面に足をついた状態からはスタートできない。

私が最初に挑戦したルートは、腰の高さあたりに指定のホールドがあった。なのでまずそこを手で持って始めるのだが、そのときそれより下に小さなホールドがひとつしかなかったので、足をそのホールドにのせて、スタートした。

ホールドは小さく、のせられるのは左足だけ。他に足がのせられそうなホールドは、手の位置と同じぐらいの高さにしかない。

なので開始直後は、まず空いている右足をどこかにのせたいから、手と同じ高さまで上げようとする。すると、体が壁から離れてしまって、ホールドをつかんでいる手が離れ、後ろに倒れるように落下してしまった。

これは無理だというので、今度は片足は浮かせたまま、手でもっと上のホールドをつかみ、体を少しでも高い位置にもっていこうと考える。

それで右上にホールドがあるので、そこを右手でつかむ。ところが、足をのせている小さなホールドがやや左寄りにあるため、体が斜めになって、体の重さを右手の握力だけでは支え切れず、また落ちてしまった。

では、というので、今度はそれを防ぐために、右手で上のホールドをつかむ前に、左手で壁の端っこの直角になった角をつかんで、体が右に傾かないようにしておく。そうしたうえで右手を上のホールドへ伸ばすわけだが、左手はホールドがあるわけではなく、壁の角にひっかけるようにつかんでいるだけで、つるつる滑るから、右手をスタート時のホールドから離したときに体が壁から離れてしまいやすい。ボルダリングでは、体が壁から離れすぎると落ちてしまうため、結局この角にひっかけている左手でどれだけ壁に吸い付いていられるかが勝負になる。

この手が滑る。とにかく滑る。

何度やっても落ちてしまった。全然登れない。

困った。攻略できない。

もちろん、これをどう攻略するか考えるのが楽しみのひとつなんだけれども、いろいろ試してもまったく歯が立たず、途方に暮れてしまった。

6級までは快調にきたから、才能があるのではないか、と自惚れていたら、5級にはまったく歯が立たないのであった。

この先まだ、4級から1級、そして初段、2段という難関ルートがある。6級などというのは、まだまだひよっこに過ぎなかった。2段って、いったいどんなハードモードなんだよ。

初日にスタッフから、初心者とは思えない、60歳には見えないなどとおだてられて、いい気になっていたが、あれはやはり営業トークだった。結局は年相応の初心者なのだ。やっぱりそんなことだと思ったよ。

しかし、もうそれはどうでもいい。この目の前の5級ルートを攻略したい。

壁の前で途方に暮れていると、スタッフが見ていたらしく、「苦戦してますね」と声をかけてくれた。

「ヒント教えましょうか」

「お願いします」

(写真:宮田珠己)

するとスタッフの男性は、意外な手を使った。

最初に私が左足を置いた小さなホールド、ここに右足を置いたのだ。

そうすると、スタート時に両手でつかんでいないといけないホールドは、体より右の位置に来てしまう。それをつかもうとするとうまくいかないので、つかむのではなく、ホールドの上に手をのせて突っ張るのである。その結果、体は壁に向き合うのではなく、左向きに半身になる。

そうしておいて左手で壁の角をつかむと、体が壁から離れず壁に沿って右側に倒れようとするから、逆に左手にテンションがかかって、全体が安定する。そしてその手をちょっとずつ上にずらしていくと、右足をのせた小さなホールドの上に体をまっすぐ立てられるようになる。文章で書いて伝わるかどうか自信がないが、そこまでいくとあとはだいぶ楽に上がれて、ついに私は5級をひとつクリアしたのだった。おおお。

まさか最初に右足をのせるとは、まったく思いつかなかった。

つまり、ちょっとしたことなのだ。ちょっとしたアイデアで登りやすさに大きな差が出る。面白すぎるぞ、ボルダリング。

(後半へ続く)

{ この記事をシェアする }

衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

バックナンバー

宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP