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山野海の渡世日記

2024.08.25 公開 ポスト

せっかちな私山野海(女優、劇作家、脚本家)

私は自他共に認めるせっかちである。

そして普段はあまり出ないが、犬猫のことになると途端に心配症にもなる。

仕事で犬猫置いて家を空けることはしょっちゅうあるのに、それがいまだに慣れない。

現場で犬猫飼ってるメイクさんに「ペットカメラを買えばいいのに」と言われるが、考えてもみてほしい。

 

ペットカメラで見ていて、万が一、犬猫が危険に晒された時

我々の仕事はすぐに帰れない。そうなったら私の心は地獄だ。

なのでペットカメラは買わない。でもずっと心配している。

だが、仕事は大好きだし丁寧に粘ってやりたい。

なんなら仕事中は犬猫のことを忘れている。

そして仕事が終わって最寄り駅に着くと、私は急に焦り出す。

犬猫が心配になるからだ。

通常徒歩11分かかるところを9分で帰る。

走ればもっと早いんだろうけど、走って転んで怪我でもしたら元もこのないから早足で汗びっしょりで帰る。

部屋のドアの前に立つと、犬達が吠え始める。

ドアを開け、犬が元気なことを確認すると今度は猫を探しに行く。

猫が見当たらないと、私の心臓は途端にバクつく。

ちょっと泣きそうになってるところに猫があくびなんぞしながら近寄ってくる。

そこで安心して心配性の私はやっと姿を消す。

私が心配してるなんて全く知らず、呑気に留守番している犬猫。

そんな私が先月、久しぶりに愛媛県宇和島市の先にある小さな町にお墓参りに行った。

その町の山の上で、祖父方の先祖と、そして私をずっと可愛がってくれていた祖父と叔母が、今も静かに眠っている。

お盆の時期、お墓参りには毎年行きたいと心では思っているがなんせ遠い。

このエッセイでも以前、叔母の納骨式の話を書いてはいるが本当に遠い。

まずは羽田空港から松山空港まで約1時間半。松山空港から松山駅までバスで約20分。

そこから目的の駅まで2時間弱。そんでもってまたそこから車で20分。

もちろん全ての乗り換え時に待ち時間が結構ある。

で、だいたい片道7時間くらいかかるのだ。

もちろん7時間かかろうが、毎年行った方がいいに決まってる。

でも、東京で仕事をしているとなかなか時間が作れない。

結局宇和島に行けたのは3年ぶりだった。

 

着いた瞬間から思うのだ。やっぱりここはいいところだと。

親戚付き合いをさせてもらっているご家族に車で迎えに来てもらって、

その夜はたくさんのご馳走を用意していただき、楽しい宴会。

そして一晩泊めていただき、朝6時に起きて山の上までお墓参り。

その後お寺に行き、小さな法事をしてお昼を食べて私は東京へ帰っていった。

もちろん、心優しい親戚づきあいさせてもらっているご家族は、もっと泊まっていっていいよ言ってくださるが、一泊2日の弾丸旅行は全部私の都合。

仕事が忙しかったのもあるが、主な理由は先に述べた通り、犬猫が心配だからだ。

私の仕事は長期ロケもあるのだけど、その時犬はペットホテルに

猫は近所の猫友にお世話を頼んでいる。

今回はロケで地方へ行くより短い一泊2日。

そこで初めて、犬をホテルに預けないで犬猫ともに自宅にいるまま

彼らのお世話を近所に住んでいる仲良し夫婦にお願いしたのだ。

この夫婦は私が一番信頼を寄せている2人だ。

だから心配することなんて何もないのに、宇和島に着いた途端に心配になった。

が、そんな私の事をよく分かっている夫婦が、代わりばんこで犬猫の様子をLINEで送ってくれる。

丁寧に動画にまで撮って送ってくれる。

親しき夫婦が言ってくれた。

「海さんが泊まりじゃなくても、心配だったらいつでも顔を出すよ」と。

この一言で、私の犬猫心配性は急激に鳴りをひそめた。

そうだ! 心配な時はすぐにお願いすればいいんだ!

そう考えたら、やっと気持ちが落ち着いた。

ありがとう! 親しき夫婦よ。

君たちの言葉で、私はこれから仕事帰りにゆっくり帰ることが出来るよ。

その時は本当にそう思った。

 

だがそれから三日後。

現場が押し、帰宅時間が予定より3時間遅れた。

だが、3時間くらいの遅れはいつものことで、犬猫にとってはなんでもない。

ましてや親しき夫婦に様子を見に行ってもらうほどでもない。

分かっている。それは自分でもよく分かっている。

でも私はその日、駅から自宅までの道を急ぎすぎて、石につまづいて転んだ。

擦りむいた膝小僧を眺めながら思った。

私のせっかちと心配性は、一生治らないんだと。

ああ、犬猫よ。

ずっと健康で長生きしてくれたまえ。

そうじゃないと私の身がもたん。

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山野海の渡世日記

4歳(1969年)から子役としてデビュー後、バイプレーヤーとして生き延びてきた山野海。70年代からの熱き舞台カルチャーを幼心にも全身で受けてきた軌跡と、現在とを綴る。

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山野海 女優、劇作家、脚本家

1965年生まれ。東京新橋で生まれ育ち、映画女優の祖母の勧めで児童劇団に入り、4歳から子役として活動。19歳で小劇場の世界へ。1999年、劇団ふくふくやを立ち上げ、全公演に出演。作家「竹田新」としてふくふくや全作品の脚本を手がける。好評の書き下ろし脚本『最高のおもてなし!』『向こうの果て』は小説としても書籍化(ともに幻冬舎)。

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