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がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55

2024.09.13 公開 ポスト

医師は「意識不明の重体」とは言わない 緊急時に患者の「意識レベル」を正しく伝える方法とは山本健人(医師、医学博士)

「意識不明の重体です」「全治3カ月の大怪我です」

ドラマやニュースでよく聞くセリフですが、実際の医療の現場ではほとんど使われないそう。
現役医師である「外科医けいゆう」こと山本健人さんが、医者と患者の「誤解の素」になりそうな言葉を解説する新書『がんと癌は違います』より、一部を抜粋してお届けします。

意識がどのくらい障害されているかを段階で表現する

ニュースで「意識不明」という言葉をよく耳にします。ドラマなどでも、救急車で搬送されてきた患者さんに関して医療スタッフが、「意識不明です」と説明するシーンがよくあります。

実は、この「意識不明」という言葉を、私たち医療者が現場で使うことはほとんどありません。全くない、とは言いませんが、少なくとも私は一度も使ったことがありませんし、周囲のスタッフが使っているのを聞いたこともありません。もちろん、医学用語辞典にも載っていません。

なぜでしょうか? その理由を分かりやすく説明します。

まず、『広辞苑 第七版』を見ると、「意識不明」は「意識を失った状態」と説明されています。もちろん医療現場では「意識を失った状態」の患者さんはたくさんいるのですが、意識の異常を表す際に使う用語は、「意識不明」ではなく「意識障害」です。

重要なのは、「意識を失っているか否か」の二択ではなく、「意識がどのくらい障害されているか」です。医療現場では、意識障害のレベルを厳密に、段階的に言い表さなければならないからです。

 

例えば、「昏睡状態で、呼びかけにも反応せず、痛みの刺激を与えてもピクリともしない患者さん」はもちろん「意識障害」ですが、「意識がはっきりしているように見えるが、話しかけると何となく受け答えが怪しい。名前は言えるが、場所や日付が言えない患者さん」も「意識障害」です。

しかし、その程度の差は大きく、重症度は異なります。当然、想定する病気も、その後の対応も変わってくるため、この「程度の差」を厳密に表現しなければなりません。

そこで、医療現場では「意識レベル」という言葉を使って意識障害の程度を数字で表現します。この表現の方法は複数あるのですが、例えば日本でよく使われる「Japan Coma Scale(ジャパン・コーマ・スケール)」という基準を見てみます。この基準では、意識レベルを0、1、2、3、10、20、30、100、200、300の10段階に分けます。数字が大きいほど意識の状態は悪い、というルールです。

 

ちなみに、

0、1、2、3は1桁

10、20、30は2桁

100、200、300は3桁

なので、「意識レベルはJCS3桁です」と大雑把に表現することもあります。これだけでは100、200、300のどれかは分かりませんが、緊急の場面で大体のイメージを相手に迅速に伝えることができるのです。

 

また、意識が「どのくらい障害されたか」だけでなく、「どう変化したか」をきちんと把握することも大切です。病状は、刻一刻と変化します。「さっきまで元気に話せていた人の意識レベルが急速に落ち、全く話せなくなる」といったケースはよくあります。このようなとき、「1時間前はJCS10だったが、10分ほど前に100に落ち、現在は300になっている」といったように、意識レベルの変化を的確に表現しなければなりません。

逆に、何らかの治療を行ったときは、「JCS100だったのが、1時間かけて徐々に10まで回復してきた」と表現すべきケースもあるでしょう。

こうした共通の「ものさし」で意識レベルの変化を正確に伝達し、記録することによって初めて、意識レベルの悪化や改善をきちんと把握できるのです。

 

もし私たちが、患者さんの状態について「意識不明です」と説明されても、「では意識レベルはどのくらいですか?」と必ず聞き返すことになります。「意識不明」だけでは、患者さんの意識状態に関する情報は正確に伝わらないのです。

“意識不明”でも重症でないケースもある

ところで、ニュースなどで「意識不明」という言葉を聞くと、皆さんはどういう状態をイメージするでしょうか? 例えば、よく知られた芸能人が事故に遭うなどして「意識不明だ」と言われるとどうでしょう?

細かいことはよく分からないとしても、とにかく「かなり重い状態だ」と感じ、ショックを受けるのではないでしょうか? 実際、報道を見ていると、「意識の状態」は怪我や病気の重さを決める最も重要な指標と考えられている印象を持ちます。

一方、私たちの感覚では、意識レベルは患者さんの状態を表す多くの指標のうちのたった一つに過ぎません。たとえ意識レベルが低くてもさほど命に関わらない、ということはしばしばあります。原因によっては、適切な治療によって短時間で意識が回復する、というものもあります。

例えば、糖尿病の患者さんが血糖値を下げる薬を使い、その量が適切でなかったために、むしろ低血糖になって昏睡状態で搬送されることがあります。低血糖による意識障害は、「血糖値が低いこと」が原因ですから、ブドウ糖を注射するだけであっという間に意識が回復します。

 

逆に、「意識レベルは正常なのに命に関わるほど重症」というケースもあります。

例えば、敗血症(感染症によって重い臓器の障害が起こった状態*1)で「生命の危機」と言えるほど重い病状の患者さんでも、ほぼ普段通り話せることはあります。ご本人も重症であることを全く自覚していない。そんなことすらあるのです。

「意識が正常かどうか」だけが、必ずしも患者さんの病気の重さを決めるわけではない、ということです。

 

ちなみに、意識レベルを含む、患者さんの命を左右する要素のことを「バイタルサイン」と呼びます。バイタルサインには、意識レベルの他に、血圧、脈拍、体温、呼吸状態が含まれます。意識レベルだけでなく、それ以外のバイタルサインが正常か異常かによって、病気の重さは大きく変わってきます。

「呼吸状態が悪く、血圧も下がっている」というと極めて危険な状態ですが、これでも意識がはっきりしていて普通に話せることはあります。意識レベルは、バイタルサインの一つに過ぎないからです。

よって、私たちが「意識不明です」と言われると、意識レベルを問い返したのち、さらに、「(他の)バイタルサインはどうですか?」と必ず尋ねることになります。「意識不明」だけでは、患者さんがどんな状態にあるかが分からないからです。

関連書籍

山本健人『がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55』

意識不明の重体。全治3カ月の怪我。ニュースや小説・ドラマによく登場する表現だが、「意識不明」も「全治」も実は医者はほとんど使わない。逆に「清潔・不潔」を医学用語として使うと白衣は「不潔」なもの、「がん」と「癌」も意味が違う。このような言葉をめぐる行き違いは、ときに医者との関係がギクシャクする原因になる。本書ではこれら「誤解の素」になる言葉をやさしく解説。医者の話がよく分かるようになり、ドラマ・小説はより面白くなり、人体の仕組みや病気のなりたちについても理解が深まる一冊。

山本健人『医者が教える 正しい病院のかかり方』

世の中には様々な医療情報があふれているが、その中身は玉石混淆。命の危機につながる間違った情報も少なくない。そして病院に行ったら行ったで、何時間も待って診療は数分、医者に聞きたいことがあっても聞けない、説明されても意味が分からない等々、患者側の悩みは尽きない。私たちはどうしたらベストな治療を受け、命を守ることができるのか? 正しい医療情報をわかりやすく発信することで、多くの人から信頼される現役医師が、風邪からガンまで、知っておくと得する60の基本知識を解説した、医者と病院のトリセツ。

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がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55

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山本健人 医師、医学博士

2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営。Yahoo! ニュース、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。全国各地でボランティア講演なども精力的に行っている。著書に『医者が教える 正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います』(共に幻冬舎新書)、『患者の心得 高齢者とその家族が病院に行く前に知っておくこと』(時事通信社)ほか。

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