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55歳のホッパーケーション

2024.09.03 公開 ポスト

最終回~父を送る、旅を終えるささきかつお(作家)

ご無沙汰しております。

全国をホッピングしながら、ワーケーションも、というこの連載。
足掛け3年で日本2周してきましたが、今回がラストです。

某日

 

母から「おとうさんが……」とLINEが入る。
90歳の父は数年前から肺を患っており、自宅でほぼ寝たきりになっていた。食事やトイレなど、自分のことはできていたので介護申請や訪問診療など手配をして、帰京するたびに様子を見てきた。

だが、ついに自力で起き上がれなくなった。
世話はこれまで母がしていたが、いよいよ自分の出番となる。
これが旅の終着点──最初からそう決めていた。

実家に戻ると、父は、細く、小さくなって介護ベッドに臥していた。
この日から僕は、父のベッド脇で寝起きすることになる。

某日から某日

在宅介護のあれこれは多くの方が経験されている。
自分も当事者になった。

動けなくなった身体を支えるフィジカルはあった。筋トレ、欠かさなかったし。
けれど、朽ちていく姿を見るのは、メンタル的にキツかった。
握り返す手の力が、日に日に弱くなっていく。
薬の副作用か、時には戦前の少年になり、時には父親になった日に戻っていた。
(実際はそんなエモい話じゃなく、食事中に話せないような出来事だらけだった)

でも家族だから、支え合うのが当然だから、残された日々を過ごしていた。

某日

社会人3年目の愚息から「おじいちゃんに会いに来た」とLINEが入る。
父と同じく肺を患っている僕は月イチで通院しているのだが、その間にヤツは祖父母宅を電撃訪問し、自撮りのニコニコ顔を添付してきた。ほほう、やるじゃねえかと。

一時間後に再びLINE──「おじいちゃん。息しなくなりました」。

某日

骨箱の脇で、最終回の原稿を書いている。

旅を始めたのは2022年初夏。
コロナ禍でリモートワークが進み、wi-fiが繋がればどこでも仕事はできるようになった。

「昼間は仕事。終わったら温泉入って、地酒を……」てなことを夢見ていたが、夢だった。仕事は自分の裁量で進められるわけではない。チェック待ちで身動きが取れないこともあったし、鼻歌まじりに海辺をサイクリングしてると「そろそろタイトルを決めていただければ……」と、ガッツリ現実に引き戻されることも。

今となってはいい思い出となったし、それをネタにこの連載を書かせてもらったし。
これからホッパーケーションを考えている人に助言するならば、一カ所に一週間は滞在した方がいいと思います。短いと先の移動に気を取られる。でも腰を据えると、その場所が見えてきます。

2週間滞在した信濃大町からの北アルプス

自然に恵まれたこの国を旅することは、否応なしに風景を味わえることにもなる。

長距離バスに乗れば季節のうつろいが楽しめたし、知らない町を訪れると懐かしい風景に出会えることも多々あった。

この時代、風光明媚は液晶画面にいくらでも現れるだろうし、ライブカメラの臨場感だってある。けれど「その場所」に行かなければ味わえないものは、やはり旅をしてナンボのものだろう。それを実践した時間は、人生の財産になったにちがいない、と思うのだ。

今、あらためて思う──この国は美しい、と。

「北の国から」が脳内再生される、富良野にて
「案山子」が脳内再生される、津和野にて

「令和の『深夜特急』じゃん!」と知人から奨励されたけど、そんなカッコイイものではない。敬愛する宮脇俊三先生の紀行文に憧れたけど、足元にも及ばない。

「ここではないどこか」に行きたくて、仕事をしながら旅もしちゃおう、というのがこの「55歳のホッパーケーション」という連載だった。読み返してみると、上滑りの、ハスった文章に赤面してしまう。でもこれが等身大の「ささきかつお」の紀行文なのかなと。

連載の初回に、こう書いた。

もし余命を告げられたら、残された時間で何をしたいか。
僕は「旅がしたい」と思った。

そして最終回、旅は終わった。

さーて、どうしようかな。

「55歳のホッパーケーション」(完)

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55歳のホッパーケーション

北海道から沖縄まで、日本各地を転々と旅しながら(ホッピング)、ワーケーション(労働&休暇)もする「ホッパーケーション」を、50代の作家が始めました。宿のサブスクなどを利用しながら、各地で執筆活動、副業の日本語教師業をリモートで行う様子を、滞在先の魅力、グルメなどを交えながら(大変なこともあると思うんですけど……)おもしろおかしく日記風に紹介していきたいと思います。

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ささきかつお 作家

1967年、東京都生まれ。
出版社勤務を経て、2005年頃よりフリー編集者、ライター、書評家として活動を始め、2016年より作家として活動。主な著作に『空き店舗(幽霊つき)あります』(幻冬舎文庫)、『Q部あるいはCUBEの始動』『Q部あるいはCUBEの展開』。近著に『心がフワッと軽くなる!2分間ストーリー』(以上、PHP研究所)。

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