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文豪未満

2024.09.21 公開 ポスト

あなたの書店で1万円使わせてください~有隣堂キュービックプラザ新横浜店~岩井圭也(作家)

2024年、YouTube界は戦国時代である。

らしくない一文からはじまったが、この文章は「あなたの書店で1万円使わせてください」なので安心してほしい。

YouTuberという言葉が広く知られるようになって、10数年が経つ。YouTuberの代名詞ともいえるHIKAKINがチャンネルをはじめたのは、2006年12月だという。個人的には、コロナ禍を転機にYouTubeの盛り上がりが爆発的に加速した印象がある。いまや、テレビに出演する芸能人も個人チャンネルを持っている時代だ。電車のなかで動画を見ている人はよく見かける。

そんなYouTube戦国時代に、飛ぶ鳥を落とす勢いの企業チャンネルがある。その名は「有隣堂」。横浜市に本社を持つ書店チェーンである。

企業が運営するYouTubeチャンネルは、率直に言うと、「お堅い」「まじめ」なものが多い。炎上リスクは巧みに回避されているものの、その分「面白さ」が犠牲になっているせいで視聴数が伸びない、というケースはよくある。

しかし書店「有隣堂」が運営するチャンネル「有隣堂しか知らない世界」は一味違う。「R.B.ブッコロー」というキャラクターがMCを務め、有隣堂の社員さんたちが本や文房具への愛を語る。ポップな動画は堅苦しい「説明」とは無縁で、そこでは楽しい「紹介」が繰り広げられている。

https://www.youtube.com/@Yurindo_YouTube

チャンネル登録者数30万人。ためしに、同じくらいの登録者数を有する企業チャンネルと比べてみよう(登録者数はいずれも2024年8月23日調べ)。

・「本田技研工業株式会社」:32万人

 

・「日産自動車株式会社」:26.3万人

・「マクドナルド公式」:22.4万人

こういってはなんだが、神奈川県内を中心に展開する書店チェーンの有隣堂が、ホンダや日産、マクドナルドといった日本を代表する大企業のチャンネルと肩を並べていることは、特異と言っていいのではないだろうか。

もちろん登録者数がすべてではないし、そもそもYouTubeに力を入れていない大企業もたくさんある。それでも、30万という数字はやはり尋常ではない。

YouTubeの展開にともない、「ゆーりんちー」(「有隣堂しか知らない世界」のファンの総称)は現在進行形で増え続けている。これは、他の書店ではちょっとみられない戦略だ。真似しようと思っても、やすやすと真似できるものでもない。

その有隣堂が、昨年12月、新横浜に新たな店舗をオープンした。

YouTube界を席巻する有隣堂は、いったいどんな店舗を作っているのか? その実態を調査するため、有隣堂のバイヤー・Sさんを通じて取材を申し込んだところ、快くオーケーをいただいた。

今回は、30万人のファンを生み出す、その魅力の源泉を探ってみようと思う……。

 

*   *   *

 

8月某日、私はお店の前で編集者氏と集合した。新横浜はJRや市営地下鉄(ブルーライン)、相鉄・東急など、いくつかの路線が乗り入れているためアクセスしやすい。

有隣堂キュービックプラザ新横浜店は、店名の通り、駅直結の商業施設・キュービックプラザ新横浜の8階に入っている。エレベーターを使えば、降りてすぐ目の前に売り場が広がっている。

店内にはおしゃれなカフェスペース「STORY CAFE」が併設されている。コーヒーを飲んだり食事をしたりするだけでなく、買ったばかりの本を持ちこむこともできる。

ものすごく快適そうな空間。

お店の方にご挨拶させていただいてから、「東海道新幹線60周年のあゆみ」のコーナーにて1万円とともに撮影。

鉄道関係の本も展開されていた。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。

すぐ横には、「本屋の食品物産展」が展開されていた。書籍が置かれているのと同じ棚に、お茶やおせんべいが陳列されている。新刊書店だが、目立つ場所に本以外の商品が展開されているのが面白い。

ここに写っているのはほんの一部。

いったん本を離れて、文房具売り場へ。

ちいかわ棚。

文房具といえば、「有隣堂しか知らない世界」にたびたび出演されている岡﨑弘子さんが有名である。

たとえば、こちらの動画。岡﨑さんが一生懸命ガラスペンを紹介してくれるのだが、ブッコローから「amazonとどっちが安いの?」などと率直すぎることを訊かれ、奮闘するようすが見られる。

ガラスペンの数々。

一角には、「有隣堂しか知らない世界」のコーナーも。ブッコローのブックマーカーやキャストアクリルスタンドなどのグッズはもちろん、『老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界』(ホーム社)『有隣堂名物バイヤー岡﨑弘子の 愛すべき文房具の世界』(扶桑社)といった、チャンネル発の書籍も取りそろえている。

岩井が読んでいるのは機関誌『有鄰』。

そのままお隣のコミック売り場へ。美しく整頓された棚は、ストレスフリーで眺めていられる。

各版元の棚に原画コピーが展示されている。

昨年12月にオープンしたこともあってか、お店の内装はどこもかしこも綺麗で居心地がよい。

床がピカピカ!

続いて、児童書や学習参考書の売り場を歩いてみる。夏休み期間とあってか、自由研究向けの書籍が豊富に展開されていた。

「DNAを調べよう」という本。キットでDNAが調べられる時代。
大人がやっても楽しそう。

店内をウロウロしていると、「涼綿」という言葉が目に入る。

どうやら衣類に使われる新素材らしく、ステテコなどが展開されていた。衣類まで売っているのね。

かわいいネコちゃん柄。

ビジネス書のあたりをフラフラしていると、平積みで展開されていた分厚い一冊が目に止まった。アシュリー・ウォード著/夏目大訳『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う』(ダイヤモンド社)である。

どれどれ……。

オビにはこんな文言が躍っている。〈猫に罪をなすりつけるゴリラ〉〈女王のために自爆するシロアリ〉……。

うーん、気になる。理系出身のせいか、こういう本には弱い。

というわけで、今日の1冊目はこちらに決定。

736ページもあるのに、2,000円(+税)!

文庫の売り場に移動しつつ棚を物色していると、オビの女性がこちらをじっと見ている。気になって手に取ってみた。アニー・エルノー著/堀茂樹、菊地よしみ訳『嫉妬/事件』(ハヤカワepi文庫)という本だ。

「ノーベル文学賞受賞」の文句が目立つが、ストーリーそのものがとてつもなく面白そう。たとえば「嫉妬」のあらすじはこうである。

別れた男が他の女と暮らすと知り、私はそのことしか考えられなくなる。どこに住むどんな女なのか、あらゆる手段を使って狂ったように特定しようとしたが……。盲執に取り憑かれた自己を冷徹に描く。

いいですねぇ~! どんな結末を迎えるのか、読む前から気になる。

2冊目はこれに決定!

映画も面白そう。

いったん文庫の棚を離れて、周りを散策。

すぐ近くで、田中健介『ナポリタンの不思議』(マイナビ新書)が激しく推されているのを発見。

「ナポリタン発祥の地は横浜!?」

少し前に塩崎省吾『ソース焼きそばの謎』(ハヤカワ新書)が話題になっていたが、「ナポリタン本」は初めてだ。興味をそそられたが、いったんステイ。

その辺をうろついていると、「ビールのお供」コーナーを発見。「のどぐろビーバー」と「NORI de SAND」が展開されていた。

福島県、石川県にちなんだ品だそう。

再び文庫の棚に戻って、よさげな本がないかチェック。一際目立つ場所に陳列されているのは、辻村深月『傲慢と善良』(朝日文庫)

辻村さんは、私が野性時代フロンティア文学賞(現在、小説野性時代新人賞に改称)でデビューした時の選考委員のお一人である。作家になるきっかけを作ってくださった、いわば恩人だ。

オビに「100万部突破!」とあるようにすでに大話題作だが、読もう読もうと思いつつまだ読めていない。しかし、本を読むのに「遅すぎる」ということはないいつ、どんな本を読んだっていいのだ。

そんな言い訳を思い浮かべつつ、こちらを今日の3冊目に決定。

遅まきながら読ませていただきます。

振り返ると、平積みされている黄色いカバーの文庫が視界に入った。意味深なオビをまとっているのは、池井戸潤『シャイロックの子供たち』(文春文庫)。本書も「読もうと思いつつまだ読めていない」本のひとつだ。

ここで会ったのも何かの縁。というわけで、4冊目もすんなり決定。

「カツカレーに泣け。」とは?

さらにすぐ隣には、映画で話題の翻訳小説が置かれていた。マーティン・エイミス著/北田絵里子訳『関心領域』(早川書房)である。

あらすじはこうだ。

おのれを「正常」だと信じ続ける強制収容所の司令官、司令官の妻との不倫をもくろむ将校、死体処理班として生き延びるユダヤ人。おぞましい殺戮を前に露わになる人間の本質を、英国を代表する作家が皮肉と共に描いた傑作。

怖いなぁ……

実は前回、芳林堂書店高田馬場店でこの企画をやらせてもらった時にも、気になっていた一冊。再会したのも意味があるはず……というわけで、今度こそ買わせてもらうことにした。

真っ黒なカバーがただならぬオーラを漂わせる。

いったん買おうと決断すると、途端にテンポよく買う本が決まっていく。

途中からカゴを導入。

次に、文庫売り場に隣接したノンフィクション売り場を見て回る。甚野博則『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)などの話題作が並んでいた。

ノンフィクションも大好き。

背中合わせになった「読書論」のコーナー付近で見つけたのが、かまど、みくのしん『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む 走れメロス・一房の葡萄・杜子春・本棚』(大和書房)

この本の元となったネット記事は、読んだことがあった。(こちらの記事↓)SNSでバズっていたので、知っている人も多いのではないか。

https://omocoro.jp/bros/kiji/366606/

これを読んだ時から、「めちゃくちゃ面白い!」と思っていた。本になったのは知っていたが、未購入だったため喜び勇んで購入することに。こうして、今日の6冊目は決まった。

カバー表紙がかわいい。

ふと傍らを見ると、エスカレーターの横に木製のキューブが。「神奈川県産の間伐材(ひのき)を使用しています」と記されている。本選びに疲れたら、ここに腰かけて休憩するのもいい。

お買い物中の整理にも。

人文書や実用書の棚も整理されており、とても見やすくて清潔感がある。

どこを撮ってもキレイ。

レジ近くの「新刊・話題書」に移ると、「ハマ本」の文字が目に飛びこんできた。

ちらっ。

展開されているのは、『地球の歩き方 横浜市 2025~2026』だった。なんと、有隣堂でこちらの本を買うと、特製デザインカバーと栞がもらえるらしい。

ハマっ子を自称するのもおこがましいが、私も一応、横浜市に住んで約6年になる。横浜市民の地元愛はなかなかすごいものがあるため、きっと本書も市内で売れに売れていることだろう。

すぐ横では、7月に発表された第171回芥川賞・直木賞の受賞作が展開されていた。芥川賞は朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』(新潮社)松永K三蔵『バリ山行』(講談社)、直木賞は一穂ミチ『ツミデミック』(光文社)である。

何を隠そう、この回の直木賞には、拙著『われは熊楠』(文藝春秋)もノミネートされていた。が、残念ながら落選。

とりあえず、『ツミデミック』に精一杯の悔し顔を見せつけてみる。

※冗談です。一穂さん、受賞おめでとうございます。

それはそれとして(?)、買い物である。かなり1万円に近づいているはずだが、あと1冊くらいは買えそうな気がする。せっかくなので、この棚から探してみることに。

手が伸びたのは、朝比奈秋『私の盲端』(朝日文庫)

朝比奈さんの作品がいい! という話は、前々から編集者や同業者から聞いていた。もちろん受賞作でもいいのだが、こちらの作品がデビュー作と知り、がぜん興味が湧く。まずはデビュー作から拝読して、順番に読んでいくのも悪くない。

というわけで、最後の1冊はこちらに決定。

めちゃくちゃ楽しみ。

買い物はここで終了。本日選んだのは計7冊。比較的、小説の割合が高くなった。

荷物整理用の机の前で。

こちらの7冊を持ってレジへ。いつものことながら、たくさん本を買うと本当に気分がいい。1万円でできる、一番のストレス解消法かもしれない。

店員さんが透明人間になったわけではない。

さあ、今回のお会計はいくらになるか。ジャン。

10,395円!

GOOD

いわゆる「ご当地本」のコーナーを設けている書店さんは多いと思うが、有隣堂さんは本社が横浜にあるせいか、とりわけ売り場から「横浜愛」が発散されている気がした。

横浜本コーナー。

ただ、有隣堂は神奈川県下だけで活動しているわけではない。

東京や千葉でも複数店舗を展開しているほか、昨年10月には神戸市内で初の関西出店を果たしている。さらに今年9月には大阪市内にも出店。出版不況と呼ばれる時代に逆らうかのように、出店を進めている。有隣堂の「攻め」の姿勢は、YouTube戦略だけではないのだ。

書店を取り巻く苦境に怯まず、独自の打ち手によって新たな領域を切り開いていくその姿勢には興味が尽きない。今後もいち利用者としてお世話になりつつ、有隣堂の「次の一手」に注目したい。

*  *  *

最後に。

この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。

「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。

それでは、次回また!

【今回買った本】

・アシュリー・ウォード著/夏目大訳『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う』(ダイヤモンド社)

・アニー・エルノー著/堀茂樹、菊地よしみ訳『嫉妬/事件』(ハヤカワepi文庫)

・辻村深月『傲慢と善良』(朝日文庫)

・池井戸潤『シャイロックの子供たち』(文春文庫)

・マーティン・エイミス著/北田絵里子訳『関心領域』(早川書房)

・かまど、みくのしん『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む 走れメロス・一房の葡萄・杜子春・本棚』(大和書房)

・朝比奈秋『私の盲端』(朝日文庫)

関連書籍

岩井圭也『プリズン・ドクター』

奨学金免除のため、しぶしぶ、刑務所の医者になった是永史郎(これなが しろう)。患者たちにはバカにされ、ベテランの助手に毎日怒られ、憂鬱な日々を送る。そんなある日の夜、自殺を予告した受刑者が、変死した。胸をかきむしった痕、覚せい剤の使用歴……これは自殺か、病死か?「朝までに死因を特定せよ!」所長命令を受け、史郎は美人研究員・有島に検査を依頼するが――手に汗握る、青春×医療ミステリ!

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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。

そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。

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岩井圭也 作家

1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュ ー。著書に『夏の陰』( KADOKAWA)、『文身』(祥伝社)、『最後の鑑定人』(KADOKAWA)、『付き添う人』(ポプラ社)等がある。

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