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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2024.09.12 公開 ポスト

オタクの黒歴史は、自分自身が黒歴史だと認定するから黒くなってしまう説カレー沢薫

他媒体で創作オタ特化の相談コーナーをやっているのだが、先日「昔描いたものを言及されるのが恥ずかしい」という相談があった。

むしろ昔描いたものが恥ずかしくならない創作者などいるのだろうか。

 

創作も長く続ければ技術が向上するし、読み手のことも意識する、そうなると昔の技術的に稚拙で内容もまさに傍若無人にも関わらず、それを執拗に人に見せようとし、あまつさえネットにアップしていた行為自体が猛烈に恥ずかしくなる。

三峰徹氏のように、最初から完成されておりそのクオリティを保ちながら数十年描き続ける傑物なら別かもしれないが、そんな化物ですら掲載時にデッサン崩れやトーン漏れに気づき、そんな作品を「夜中に書いたラブレター」と称しているのだ。

よって、今から創作を始めようかという中高生に対しては「今描いているオリジナルストーリーと言いながら何の影響を受けているのか丸わかりの漫画は10年後お主のアキレス腱となるだろう」と予言できる。

しかし、黒歴史には「最中に気づけない」という特徴がある。

やる気に満ちた若人に対し私がそんなことを言っても、刃牙ハウスをアルミホイルでデコッたような家に住んでいる気味の悪い老婆が「山神様の祟りでここの村は滅びる!」と叫んでいるようにしか見えないと思う。

ただ、若人の何割かは10年後、炎に包まれる故郷を呆然と見つめながら「あのババアが言っていたことは本当だったんだ」ということになるだろう。

もちろん、若気の至りという言葉があるように、誰でも昔のことは若干恥ずかしいものだ。しかしその中でもオタクは黒歴史を作り出す率が高いような気がする。

何オタかにもよるが、アニメや漫画、ゲームなどの2次元オタクだった場合、どうしてもそれらの「影響」を受けてしまい、3次元にはふさわしくない行為をしてしまいがちだからだ。

だがもはや「アニメキャラの真似をしていた」は黒歴史に入らない。

「幼少期ミロを飲ませてもらってない奴の家庭には問題がある」というネタ同様「子供のころかめはめ波を撃ったことがない奴は監禁経験者」と言っても過言ではない。

かめはめ波でなくとも、何かしらの構えや牙突は経験しているはずである。

むしろ魔法少女ステッキや変身ベルトなど、アニメや特撮キャラの真似をすることは商業的にも大いに推奨されているのだ。

だがここで、かめはめ波ではなく「オリジナル必殺技」そして「俺が悟空やる」ではなく「我は吸血鬼の血を引く田中家の5代目末裔」など「オリジナル設定」が出始めたところで雲行きが怪しくなってくる。

悲しいことにオタク、そしてクリエイティビティである者ほど黒歴史を紡ぎやすいということだ。

小学生のころ、蔵馬をトレーシングペーパーに書き写して下敷きに挟んでいた、というのも「何故そんなことをしてたのか」という意味では、なかなかだ。

だが、それよりも、完全に手製の蔵馬にふきだしをつけ「君みたいなトゲのある薔薇は嫌いじゃない」と、原作で言ってそうで全く言ってないことを言わせているイラストの方が、発見時、製作者の爆発によってできるクレーターの直径がでかい。

しかし、幼い自分を恥じることで人は成長し、昔描いた物が恥ずかしいということは、今はもう少しマシなものを描けているということだろう。

だが何せ、黒歴史というのは「最中は気づけない」ので、おそらく今描いているものですら10年後には黒歴史であり、今も窓の外で老婆が山神様の祟りを予言しているのが聞こえてないだけな気もする。

モスキート音のように、今ノリに乗って創作している人間に「それ時間が経つと恥ずかしいぜ」という声は聞こえないのだ。

創作を続けるというのは、それの繰り返しともいえる。

もちろん、下手だからと言って、恥ずかしがらなければいけない、というわけでもない。

オタクの黒歴史は「全く興味がない友人に無理やり自作漫画を読ませ感想を強要した」など、他人に多大な迷惑をかけている場合もあるが、創作することや創作物自体は誰にも迷惑をかけていないのだ。

「万引き常習犯でネズミ小僧と呼ばれていた」という過去は大いに反省すべきだが「怪盗と名探偵の二重人格キャラの漫画を描いていた」という過去は誰にも迷惑をかけていない。中高生のころ描いたものも全然恥ずかしくない、というならそれは素晴らしいことだ。

むしろオタクの黒歴史は、自分自身が黒歴史だと認定するから黒くなってしまうのかもしれない。

かめはめ波だって「小学校のころかめはめ波の練習してた」と言えば、微笑ましい思い出になるが「誰もいない校舎裏の壁に向かって小声でかめはめ波を撃っていた」など、そこに本人の「恥ずかしさ」が垣間見えると急に黒っぽく見えてしまうものだ。

正直言って、他人はそこまでこちらの思い出の色になど興味がない「あんたが中学校のころ描いてた漫画だけどさ」と言われても「ああ、あれね、悪くなかった」と言えばそれで終わるものを、頭髪をかきむしって床を転げまわるから、他人にも「こいつそんなに恥ずかしいことしてたんだな」と思われてしまうのだ。

つまり黒歴史には「平静」を装うことが大事だ、装うことで本当に大したことではなくなるし、逆に騒ぐと余計恥ずかしくなる。

いつか、ベテラン創作オタの前に次々と中高生の時の創作物を見せ、平静を装う様を競う「第一回黒歴史やせ我慢選手権」を開催したい。

多分「ボールペンを足に突き刺す」など、怪我人続出のため、2回目はないと思うので、逃さず参加してほしい。

 

編集部注:本文内の表記を一部修正しました(2024/9/12 14:50)

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カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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