原発事故をきっかけに始めた節電生活。暮らしをとことんサイズダウンし、ついには冷蔵庫も手放したら、生きるうえで本当に大切なことが見えてきた―ー。稲垣えみ子さんエッセイ『寂しい生活』より、「はじめに」をお届けします。
9月28日(土)には、フリーアナウンサー堀井美香さんとのトークイベント「おばさん、人生を二度生きる!」を開催します。こちらのご参加もお待ちしています。
* * *
これは、ある都会の片隅で数年間にわたり、人知れず繰り広げられた冒険の物語です。
そもそもの発端は、原発事故後の節電でした。
そう、ただの節電です。
もちろん最初に節電を始めた頃は、「冒険」なんていう大げさなことになろうとは考えてもみませんでした。便利な生活に慣れきった自分がどこまで不便を我慢できるのか、いっちょ挑戦してみるかというほどの感覚でした。
しかし途中から、それは思いもよらぬ方向へと勝手に進み始めたのです。
というのもですね、家電生活を見直すことで立ちはだかる大小の課題を一つ一つクリアしていくたびに、新しい自分、一回り大きくなった自分、物事に動じない自分が次々と誕生していくんだもんこれが!
そういうことって、子供の頃や青年期には誰しも経験することかもしれません。
しかし、自慢じゃありませんが私、もう人生の折り返しをとっくに過ぎた立派な中年です。しかも、群を抜く才能とか、これといったスキルとかがあるわけでもない。
そんな私がですよ、節電をしたというただそれだけで、スーパーサイヤ人みたいにどんどん進化し始めたのです。
これはもう、やめられなくなって当然ではないでしょうか?
かくして私は、ついには電気というものをほとんどやめてしまいました。
それだけじゃありません。ガス契約もやめ、水道もほんのわずかしか使わなくなりました。他にも洋服やら化粧品やら、考えつくありとあらゆるものを極小化していきました。挙げ句の果てには会社まで辞めてしまったんですから、我ながら尋常じゃありません。
しかもそのチャレンジは今も継続中です。気がつけば、何か手放せるものがないか絶えず探している。なぜなら、何かを手放すほどに自分が強く自由になっていくからです。
これはとんでもない鉱脈を見つけてしまったのかもしれない。半ば信じられない思いで、やはり今日もせっせと身辺を整理している私であります。
えーっと誤解していただきたくないのですが、もちろん、人様にこんな極端な暮らしを押しつけようなどというつもりは毛頭ありません。ただこれだけは、心の片隅に留めておいていただいても損はないかと思うのです。
今の世の中は閉塞感に満ちている。誰もがそう言います。浮かぬ景気。減る人口。広がる格差。どこを見てもすべてがどん詰まりだと。
しかし私は一人、それがどーしたと能天気に生きています。世の中はまだまだ捨てたもんじゃないと心の底から思っている。
自分が変われば世界が変わる。誰よりも私自身がそのことにびっくりしているのです。
* * *
9月28日(土)、フリーアナウンサー堀井美香さんとのトークイベント「おばさん、人生を二度生きる!」を開催!
稲垣さんと同じく50歳で会社を辞めた堀井美香さん。第二の人生に踏み出していま思うこと、人生の選択に迷っている人たちに伝えたいこと等々、お二人のトークをどうぞお楽しみください。お申込みは幻冬舎カルチャーのページからどうぞ。
寂しい生活の記事をもっと読む
寂しい生活
原発事故を機に「節電」を始め、遂には冷蔵庫も手放した。広い家を出て、会社も辞めた。生活を小さくしていく中で考えた。多くの家電に囲まれ、毎日美味しいものを食べ、買い物に興じる「便利で豊かな暮らし」は、本当に便利で豊かなんだろうか? アフロえみ子が、ちっぽけな自分に出会い、生きるのに必要なことを取り戻す、冒険の物語。
- バックナンバー