『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビューした清繭子の、どちらかといえば〈ご飯つぶ〉寄りな日々。
坂口健太郎似の元カレ、通称「鴨」がいたことはすでに本に書いた。
鴨とは通算2度別れたのだが、その最初の別れ話をしたときのこと。
そこは夜の公園だった。
オレンジの街灯ひとつに照らされた2つ並びのブランコに私たちは座って、ほんとにもうお別れなんだよねぇ……と確認し合っていた。
なんだかドラマみたいなシチュエーションで、どこか嘘っぽくて、だからこの別れ話も覆せる余地がまだあるような気がして、ぐずぐずと喋っていた。
一度で彼の心を引き戻すような会心の一撃のセリフを探して、口を開きかけたとき、鴨が私のその口を指さして、言った。
「繭子、ヒゲ」
私には上唇の左上に、なぜかいつも生えてくる太い一本のヒゲがあった。生えてくるたび、毛抜きで抜くのだが、遺伝子自体のエラーであるのか、抜いても抜いてもまた同じところに逞しく生えてくるのだ。人が指摘しにくいそれを、教えてくれる係が鴨だった。だけどもさ。
「それ、今、言う!?」
二人で笑いあったその瞬間、すとんと別れが腑に落ちた。
私たちの恋は、ドラマでも漫画でもなくて、本物だったんだなと思った。だからこの終わりも、本物なんだろう。
ちなみに、真剣に鴨が話していたとき、その奥をGがサササッと横切ったのを私は黙っていた。
少しだけ繕って、私たちの恋は終わった。
夢みるかかとにご飯つぶ
好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。
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