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純喫茶図解

2024.09.20 公開 ポスト

神保町【ラドリオ】- レンガ調の店内が心地よい、ウインナーコーヒー発祥の老舗純喫茶塩谷歩波

”元鶴谷洋服店”という角ゴシック体フォントの看板が特徴的な建物を曲がった先にある、細長い路地。ビルとビルの間ともいえる狭いその道には、長屋の名残のような間口が揃った古い建物がいくつか並んでいる。東京の下町らしいその風景に、不思議な懐かしさを覚えつつ、何か新しい発見があるようなワクワクした気持ちになる。1949年に創業した「ラドリオ」は、その神保町の路地に佇む老舗の純喫茶だ。

 

やや色褪せた赤みがかったレンガの外壁。その壁をくりぬいたように窓と入り口が設けられている。木の桟で仕切られた窓の上には、大きな木のスプーンとフォークが掲げられていてかわいらしい。すずらんの蕾のようなポーチライトに誘われ、赤茶色い木のドアを開ける。

幅はやや狭く、奥へ奥へと伸びるうなぎの寝床のような空間。暗めの色合いで統一された室内を、シャンデリアや山小屋風のランプなど、様々な形の照明が暖かく照らしている。椅子はやや紫がかった朱色で、控えめな色合いの室内で一層鮮やかに見える。

そして何より特徴的なのはレンガの床だ。表から続く茶色いレンガを歩いていると、建物の中なのに外にいるような不思議な心地になる。喫茶店の中にいるのに、オープンテラスで神保町の古本屋街やレトロな街並みを眺めているような感覚だ。それは純喫茶と本屋が好きな人間として、より一層神保町の街の魅力を噛み締めているようで、なんだかうっとりしてしまう。

純喫茶ラドリオの前身は、実は本屋だった。初代店主が東大前に本屋を開き、その後2号店として神保町で本屋を開店した。やがて大学教授や学生が集い始め、店の一角でコーヒーを提供したことから人々が交流するサロンのような場所になったそうだ。それがきっかけとなり、現在の敷地を買い取って1949年に喫茶としてラドリオが始まった。都度、手直しをされているが建物自体はオープン当時のままで、『ラドリオ』という店名の由来となった特徴的なレンガの床や壁も変わっていない(ラドリオはスペイン語で「煉瓦」を意味する)。

少し苦めのコーヒーの上に生クリームがぽっかりと浮かぶ、ウィンナーコーヒー。実はこのコーヒーの発祥の地は、ラドリオなのだ。創業当時、常連客だった東大の教授がウィーンで飲んだという、「こんもりとした生クリームをのせた美味しいコーヒー」の話を聞き、ウィンナーコーヒーは開発された。当時はクリーム自体を入手することが難しかったため、様々な人の意見を参考にしながら、たまたま近くのケーキ屋さんで見かけたクリームが乗ったケーキをヒントに現在の形に至ったそうだ。

ラドリオのロゴが書かれたマグカップの中に、天を目指すように生クリームがトグロを巻いている。形を壊さないようにスプーンで軽くクリームを抑えつつ、カップの端からコーヒーを一口。クリームのもったりとした甘さの後に、やや薄めのコーヒーの味わいが口にじわりと広がる。次はクリームを少し崩して、コーヒーに沈めて飲んでみる。とろけたクリームが泡のようになって、ふわふわした感触がたまらない。苦さと甘さの塩梅が絶妙で、コーヒーが苦手な人も癖になりそうな飲みやすさ。最後は、まだ形を保っているクリームを少しずつ崩して飲んでいくのがオススメだ。

ラドリオのメニューでもう一つ特筆したいのがナポリタンだ。黒胡椒がふんだんに使われた細麺のナポリタンは、食べた後にやや舌がピリリとする大人な味わい。水分がなくなるまでしっかりと炒められていて、そのドライな食感は奥深いコクを口に残す。麺と共に炒められたベーコン、ピーマン、玉ねぎもさらにその美味しさにメリハリをつけていて、毎日でも食べたくなる美味しさだ。

食後にウィンナーコーヒーをさらに一口飲み、ふうとため息をついてもう一度店内を見回した。細長くレンガで彩られた空間。そこを店員さんが忙しなく歩き、赤い席では本を読んだり、一心不乱にノートに何かを書いている人の姿も見える。やっぱりここでこうしていると、神保町の街から続く道の延長でゆったりくつろいでいるような感覚になる。それが心地よく、神保町という街に抱かれているような安らかさがある。この場所ができて76年。以前は路地が続く表通りまで面積を広げていたが、現在は2022年にビルの老朽化のため一時閉店したミロンガの移転先となった。

時代を経て変わりつつも、神保町の街の変遷を眺め続ける純喫茶。ラドリオは、これからもこの先も”神保町らしさ”を味わえる場所だろう。

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純喫茶図解

深紅のソファに煌めくシャンデリア、シェードランプから零れる柔らかな光……。コーヒー1杯およそワンコインで、都会の喧騒を忘れられる純喫茶。好きな本を片手にほっと一息つく瞬間は、なんでもない日常を特別なものにしてくれます。

都心には、建築やインテリア、メニューの隅々にまで店主のこだわりが詰まった魅力あふれる純喫茶がひしめき合っています。

そんな純喫茶の魅力を、『銭湯図解』でおなじみの画家、塩谷歩波さんが建築の図法で描くこの連載。実際に足を運んで食べたメニューや店主へのインタビューなど、写真と共にお届けします。塩谷さんの緻密で温かい絵に思いを巡らせながら、純喫茶に足を運んでみませんか?

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塩谷歩波

1990年、東京都生まれ。2015年、早稲田大学大学院(建築専攻)修了。設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動。

建築図法”アイソメトリック”と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表、それをまとめた書籍を中央公論新社より発刊。

レストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。

TBS「情熱大陸」、NHK「人生デザイン U-29」数多くのメディアに取り上げられている。

2022年には半生をモデルとしたドラマ「湯あがりスケッチ」が放送された。

著書は「銭湯図解」「湯あがりみたいに、ホッとして」

好きなお風呂の温度は43度。

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