今日は企画の具体的な話から少し離れて、私が書きたかった「印象的な日」のことを書こうと思う。
その日は、外苑前神宮球場からほど近い制作会社のNプロデューサーとの企画会議だった。会議がスタートすると、早速Nさんから「澤井さんに見ていただきたい企画があるんです」と言われた。入りは、いつもと同じだった。
Nさん「実はこの企画、作家のSさんという方に頂いた企画なんです」
私「え、Sさんですか、知ってます!! 上京して劇場を手伝っている時分、お世話になっていましたが、しばらくお会いできていません。……でも、先輩の企画なのに、大丈夫ですか?」
Nさん「実は……Sさんは亡くなられました」
私は上京した当初、渋谷にあるよしもとの劇場・無限大ホールで作家見習いという名の制作進行の手伝いをしていた。朝から晩まで、小道具、香盤表、バミリを作っては準備する日々。4名ほどいた見習いの中でも、特に段取りが悪かった私は、よく怒られていた。Sさんとは、そのときに出会った。既に人気トリオの座付き作家として、ライブの構成やコーナーを企画したり、地上波のお笑い番組の構成にも既にいくつか入っていたSさん。それなのに、一年目の見習いたちへの対応が丁寧だった。他の売れている劇場の作家とは対応がまるで違っていたのをよく覚えている。
Nさん「山を登っておられたときに……。突然のことだったみたいです」
年齢は、私ともそこまで離れてなかったように記憶している。40にもなっていなかったのではないだろうか。
そのやり取りをしているとき、ある方の顔が浮かんだ。
フジテレビのKプロデューサー。『SMAP×SMAP』の名物コントである「ダメ人間ですわ」の主人公・中山ひろまさのモデルにもなった人である。
Kさんと私は、2019年1月から日曜日の21時台にスタートした、『アオハルTV』という番組で知り合った。何かにつけて気にかけてくださっていた方だった。
『アオハルTV』は、日曜のゴールデン帯なのに20代の若手作家が6人も構成に参加させてもらっていた貴重な番組だった。初回の収録を観に行った際、偉い関係者たちに萎縮しスタジオの後ろの方で収録を観ていると、Kさんが近くに来て「ヒロミさんたちのもっと近くに行って観てください! 演者さんたちから見えるところに立ってください! そして、面白かったら大きな声を出して、手を叩いて笑いましょう!」と教えてくださった。
数字が下がって番組が撃沈していたときには、Kさんからショートメールにメッセージが入った。
「澤井君、今夜、新宿の“みつる”という牛ホルモンのお店に来れませんか? 番組の作戦会議を一緒にしましょうよ」
ネオンの灯りが眩しい歌舞伎町のホテル街を抜けた先に、そのお店はあった。彼は暖簾の前で立って待ってくださっていた。
「ここイケるんですよ。さあ、好きなもの食べましょう」
私のような若手への接し方も丁寧な方だった。Kさんによると、フジテレビがまだ河田町にあった頃、番組の一大事のときは決まってこのお店に移動し、放送作家や演者さんとアイデアを夜な夜なぶつけ合っていたのだという。
「昔、サタ☆スマ(1998年~)って番組があったことを覚えていますか? 視聴率が最初は思うように振るわなかったんです。そのとき“慎吾ママ”という当たり企画が生まれて、それが定着していった。アオハルTVも、それを狙っていきましょう!」
掌の中に汗がじわっと沁みて、自分の体の中が熱くなっていくのを感じた。
「もし会議でさらっと流されても、本当に面白いと思えば僕に言いにきてください」
当時、会議で無下に扱われることも少なくなかった中で掛けていただいたあの言葉が、私にとってどれほど大きかったか。ここまで放送作家を続けてこれた命綱になっていたのは言うまでもない。
今思えば、番組の中で一番の若手であり、まだ何者でもない放送作家の私を呼び出してくださったことが不思議だった。そんなプロデューサーさんとは後にも先にも出会っていない。数年前のことだが、鮮明に光景が残っている。
そんなKさんは、今年の2月に54歳という若さで亡くなった。
いい人のほうが早く亡くなられるのは、何故だろう。そんなことを思った。
早くして亡くなった人のことを「可哀想な人生だった」という人がいるが、それは違う。人間は怪我や病気や災害で亡くなるのではなく、決められた“寿命”で亡くなるのだ。寿命は“ことぶき”という漢字をつかう。
若くして亡くなった人も「きちんとした人生で、生きていた時間は輝かしいものだった」。敬愛する作家さんにその考え方を教えてもらってから、救われることが多かった。
Nさんとの企画会議が終わり、今私はこの原稿を書きながら、先輩が形にできなかった企画案とにらめっこをしている。
私の心の中に生き続ける「先輩たちの魂」を、私はバトンとして繋いでいかねばならない。この企画を形にすることは、私に任せられた宿題なのである。
放送作家・澤井直人の「今日も書く。」
バラエティ番組を中心に“第7世代放送作家”として活躍する澤井直人氏が、作家の日常のリアルな裏側を綴ります。