ドキュメンタリーを「聴いて」いたら、あることに気がついた
忙しくて気が立っている時は、同じように気が立っている人を見ると安心する節がある。だからそういう時は、ドキュメンタリーに限る。もちろん演出は入っているんだろうけど、物語よりも生々しい掛け合いで行われる口喧嘩や意見のぶつかり合いは、とても心が落ち着く。焦燥感を感じているのは自分だけではないんだと思えるから。映像は見ないで、音だけイヤホンで聴きながら、家から現場へ、現場から現場へ移動し続ける一ヶ月だった。沢山の話し合いを耳から摂取する中で、最も印象に残っている言葉。それは「結論」だ。今、結論がアツい。
ありとあらゆる動画に出てきた単語「結論」。私にとってはあまり口馴染みのない言葉だ。「結論」という言葉を使った記憶として鮮明なのは、国語の授業の時。説明文を読み解く授業で「結論」とノートに書いた記憶がある。この連載の中でも時々使っているかもしれない。でもそれは「書き言葉」の話だ。口に出して「結論」と言うこと、まぁない。自分の人生にたぶんほぼなかった。「片腹痛い」くらい言ったことがない。みんなもあんまりないよね?「片腹痛い」って言ったこと。だけどもしかして「結論」は言ったことあるんじゃないですか? なんせ今、結論はアツいのだ。
「結論」が使われる場は主に、会議みたいな話し合いの場らしかった。何か一つのことを決める。そのために大人数が話し合う。そんな時、人々は「結論」という言葉を多用する。「結論から言うと」と話し始める人もいれば、誰かの発言に対して「結論は?」とカットインする人もいた。結論合戦である。そんな会話の場に立ち会ったことがない。それに、そんな台本を読んだこともなかった。私は気づくと、興奮していた。世の中にはこんなに、結論を欲している人がいるんだ……。結論ってそんなに大事なんだ……。私も結論にもっと興味を持ちたい。
てかそもそも、結論って、結論何? そう思いとりあえず辞書を引く。
結論
1 考えたり論じたりして最終的な判断をまとめること。また、その内容。
2 論理学で、推論において前提から導き出された判断。終結。断案。
はいはいはい。まぁ概ね、思ってた意味です。「こういう意味だよな」って、抽象的に思い描いていることがはっきり別の言葉で説明される瞬間というのは何度やっても面白いもので、辞書の説明の中で最も気に入った一節は「推論において前提から導き出された判断」という部分だった。
なんて小難しい言葉! カッコつけんなよ辞書さんよぉと、一杯飲ませたくなる文章だ。
「推論」をこれまた辞書で引くと「既知のものから未知の事柄を予想、推理すること」と出てきて、こちらもまた良いリリックだ。
俳優に「ねぇ、結論は?」って聴くのはやめた方がいい
ここまで書いて確信しているのは、私は圧倒的に、結論より推論が好きだということ。結論なんてそんな面白くねーじゃんという感情まであります。だけどそもそも、世の中のほとんどは「面白い・面白くない」で動いていない。世界はもっと冷静なもので、根拠がないと認めてもらえないことばかりだ。そりゃ就職できないし、しようって気も起きないわなと、自分の人格の辻褄に惚れ惚れしてしまう。
「結論」と口にする人たちは、皆一様に急いでいるようだった。誰かがまず、推論から喋り始めると、どこからともなく「結論は?」という声がする。組織で働くということは、そんなにも忙しいことなのかと想像すると、なんだか自分の色々が申し訳なくなって、この人たちともし話をする機会があったら、私って発言させてもらえるのかなと思うと自信がない。たぶん無理、結論とかないし。結論いく前に話題変えるし。
俳優の仕事は、結論から最も遠い仕事の一つだと思う。結論はもう、出ているのだ。ロミオとジュリエットは確実に死ぬ。白雪姫はリンゴを食べるが蘇生するし、ハクは結論まさかの川。その既知から、未知を想像する。早く結論に到達すればいいのに、無駄な推論を無限に続ける。そうやって稽古をしている俳優に「ねぇ、結論は?」と言ったら一体どんな顔をされるんだろう。ぶん殴られるかもしれない。結論暴力は良くない。
私はずっと「推論」していたい
そんなに急がなくてもいいじゃない。ゆっくり遠回りしながら結論まで歩いていこうよと言ったなら、舐めんなと一蹴されるだろう。すごい速さで「結論」のハンコを押さなくちゃいけない理由が、きっとそこにはあるのだ。「なんの話かな?」と思いながら、ぼんやり結論を待っている暇はない。のでしょ? もしいつか、結論の世界の人と友達になることができたら、どうしてそんなに急いで結論を欲しているのか聞いてみたい。その時彼・彼女らは、結論から話してくれるだろうか。その発言に対して「推論は?」と言ったら、どんな顔をするんだろう。
この話を麻雀打ちながらぼんやり友達に話したら「長井はマジで結論に向いてないと思う」という笑いの後に「結論から話さなくていいのが友達なんじゃない」という言葉が返ってきた。それってなんか、とってもいいなと私は思って、自分が今した「結論の話」が全く結論から始まっていないこと、そもそも結論なんてこの話題に存在しないことに気がついた。あぁ、うちらって友達なんだねぇ。ずっと推論してようねぇと思いながら、今日のロンは「結ロン」でいこうと笑い合った。
キリ番踏んだら私のターン
相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!
※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。
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